思わぬ決定

 
 2016年の高校を卒業するころ、私はその時に海外留学という予定もなく、かといって進学したい大学もありませんでした。偶然、一つ上の親戚が日本へ留学するというので空港まで見送りに行ったとき、ふと海外へ行くことは自由で、新しい旅先で勉強できることは素晴らしいことだと思いました。だんだん自分も海外へ留学したいと強く思うようになり、日本留学への興味を持ち始めました。


 日本へ留学生としていくためにタイグエン省の日本語センターに申し込み、どうやったら日本へ留学できるのか調べ始めました。両親に日本へ留学したいと話したところ、息子が急に留学と言い出したので両親は驚き、反対しました。反対した理由は、当時、私は勉強がとてもできる方でもなく、また、いきなり留学したいと言っても留学にはかなりの費用がかかるからです。経済的に困っているわけではないのですが、急な息子の「留学」という申し出に両親は困ったようです。でも、私はどうしても日本へ留学したいので、日本留学の目標と目標を達成するためのステップを書いて両親を説得しました。100%納得したわけではないと思いますが、息子がここまでやる気をならばと、私の熱意に負けて日本留学を許可してくれました。私は日本語センターで3か月間勉強し、留学に必要な書類を準備し、2016年9月に念願の日本留学を果たしました。


最難関大学への挑戦


 来日したばかりのときは、他の留学生と同じように日本語学校で日本語を勉強しながらアルバイトをしていました。しかし、両親はアルバイトをしすぎると勉強に集中できず、良い大学へ進学することもできないと心配して、経済面を援助してくれました。また当時、私は日本人と一緒の家に住んでいたので他の留学生よりも日本語の上達が早かったです。一生懸命日本語を勉強しながら、どの大学に進学するか考えました。多くの外国人留学生はハードルがそれほど高くない大学を目指しますが、私は日本のトップ大学である慶応義塾大学と早稲田大学に入りたいと思っていました。


 国費留学生ではなく私費留学生にとって、日本トップの慶応義塾大学や早稲田大学への進学はかなりハードルが高いです。どうすれば試験に合格できるのか調べていたとき、ある先輩に出会いました。その先輩はベトナムの大学院で修士課程を修了して、日本で博士課程を勉強している人でした。その先輩にも私と同じくらいの子どもがいて、ちょうど同じく大学受験勉強中だったので、私はその先輩に慶応と早稲田を目指したいと話してみました。すると、その先輩は無理だろうという顔をしながら、日本人でも子どもの時から勉強して、それでも受験できない人もいるような難しい大学だから、もう少し入りやすい大学の方がいいのではないかとアドバイスしてくれました。でも、私自身、日本に留学したくて来日し、父も母も経済的にも援助してくれていて、ダメもとでもいいからチャレンジしてみたいと自分の気持ちをその先輩に伝えたところ、試験に合格するには普通の勉強では間に合わないので、費用は高いけれども個別の受験塾に聞いてみたらどうだろうかというアドバイスもくれました。


 その先輩のアドバイスを聞き、自分の家の近くに個別塾があったので、帰りに寄って話を聞いてみました。実はもう大学受験まであと5か月という時期でした。受験に向けて1回2時間の授業を週3回やると、授業料は日本語学校1年間の学費の半分以上でした。その授業料を聞いてとても驚きましたが、先生たちも今までの入試を分析したデータを見せながら説明してくれました。難関大学の入試はほかの大学の試験問題とは違い、受験のためのノウハウがある人と一緒に勉強した方が効率的です。私はベトナムで高校を卒業しているので理系の基礎知識はあっても、日本語能力N2の知識しかないので独学で受験対策をするのは難しいだろうと塾の先生は言いました。


 先輩や塾の先生からの話を聞き、受験に対して本気で悩みました。今は来日してまだ半年しか経っていません。もっと日本語や他の教科勉強もして1年後に受験したほうがいいのではないか、慶応や早稲田ではなく、もう少し難易度が低い大学のほうがいいのかなど、本当に悩みました。いろいろと考えましたが、結局、1年後に受験しても授業料は何十万円もかかりますし、待ったからといって良い結果になるかわかりません。もしかしたらチャンスもあるかもしれないので、1年待たずに早稲田大学の経済学部と慶応義塾大学の医学部を目指して塾のコースに申し込みました。日本語学校の勉強と並行して塾での受験対策が始まりました。


 進むべき道ははっきりしましたが、塾の高い授業料を払うためにはアルバイトでは足りないので、両親にお願いしないといけません。両親に大学受験のことや塾の授業料のことを話したところ、両親はかなり高い授業料に驚いていました。そしてそのコースに申し込んだとして、しっかり受験まで勉強を続けることができるのかということも心配していました。私自身、目指す大学に合格するにはこの環境でないと合格できないと思っていたので、どう勉強するのか両親に伝え、私への投資として塾の授業料を出してほしいとお願いしました。本気で勉強する気持ちが伝わったのか、両親は塾の授業料を出してくれることになりました。


 受験まで5か月しかないので、早いスピードで勉強していかなければなりません。自分の150%の勢いで受験勉強をしていました。毎日、日本語学校の授業後、週3回塾に行き、大学入試問題を解くために必要な知識を整理したり、過去問を演習したりしました。もちろんそれだけでなく、外部で大学別の模擬試験を受験し、自分がどこまで理解できているのか、何が足りていないのかを把握しました。この模擬試験では入試の傾向も知ることができたのので、勉強に役立ちました。塾のない日も知識を整理したり、過去問を解いたり、NHKや受験情報を発信しているサイトを参考にしたりしながら勉強していました。私はN2の日本語能力がありましたが、それでも試験で求められる日本語能力には足りませんでした。今のままでは合格が難しいと塾の先生は考え、特別に無料の日本語コースを用意してくれました。このコースで日本語も勉強していくうちに日本語能力もメキメキと上がり、試験問題の読み取りスピード、日本語の聞き取りスピードが上がっていきました。高い授業料でしたが、本気で受験勉強に取り組みました。


 毎日、志望校に向けて勉強し、塾では経験豊富な先生たちに教えてもらう日々が過ぎ、早稲田大学の入試が始まりました。試験問題は自分が想像していたよりもはるかに難しく、ショックを受けました。1週間後に結果が届きましたが、やはり不合格でした。次の慶応に向けて気持ちを切り替えないといけません。模擬試験や過去問を解いているうちに、自分は数学が苦手だということに気が付いたので、慶応の試験1か月前に数学を特訓してくれるコースを別で申し込みました。こちらの授業料は前の授業料の半分ぐらいですが、それでも高かったです。


 早稲田と同じ失敗を繰り返さないために、最後の最後に数学のコースを追加して勉強をさらに頑張りました。私は外国人留学生なので、日本人の試験とは別です。慶応義塾大学の試験にはいくつかのステップがありますが、今までの勉強のおかげで最初の筆記試験に合格しました。その後も順調にステップをクリアしていき、最後、残り十数名の外国人留学生のうち1名だけ合格というところで不合格になってしまいました。しかし、何とラッキーなことに、その合格した人が辞退したので、繰り上げ合格となり、慶應義塾大学の医学部に晴れて入学することができたのです。両親に投資してもらいながらも、ダメもとでのチャレンジと思っていたので信じられませんでした。普通の外国人留学生がする大学受験とは少し違うルートでしたが、自分の道で合格することができたのです。


チャレンジの続く日々

 

 受験期の3か月間は寝ることも食べることも惜しんでの勉強で大変な日々だと感じていましたが、大学に入学すると、受験期の方がはるかに楽だと実感しました。入学当時、私の日本語能力はN2~N1ぐらいだったので一般的な日本語は理解できましたが、医学部では医学の専門用語や漢字が多く、1年生の時は授業に追いつくのに必死でした。毎日、毎日退学したいと思うほど、勉強が大変で辛かったです。講義でも先生の説明を理解することができず、授業の最後に毎回、A5ぐらいのレポート用紙に今日学んだことを書いて提出するのですが、授業の内容がわからないので書くことができません。どうやったら授業についていけるか試行錯誤していく中、スマホとgoogle検索が私のピンチを救ってくれました。先生が講義中にキーワードや注意するように言った箇所をハイライトし、それをgoogleで調べて、そして授業最後のレポートを何とか完成させていました。毎回、講義の重要部分を調べて覚えていくうちに、1年後には基本的なキーワードや専門用語が頭に入り、2年目から勉強が楽になっていきました。この最初の1年目はとにかく大変でした。


 2年生になると解剖学の授業が始まります。解剖学はさらに専門性が高く、母語であるベトナム語でも理解が難しい科目です。日本語で勉強するのはかなり難しいだろうと思い、ベトナムにいる医学部の友人にベトナム語の解剖学の資料を送ってもらい、ベトナム語でまず理解してから日本語を覚えるという方法で勉強していきました。また、医学は英語の資料も多いので、ベトナム語、英語、日本語の3か国語で比較しながら勉強していました。でもやはり母語のベトナム語が一番わかりやすくて覚えやすいなと思いました。


 大学の期末試験は筆記試験だけでなく、口頭試問もあります。口頭試問とは、先生からの質問に口頭で答える試験です。外国人留学生だとどうしても日本語の会話でおかしな部分があると心配する人もいますが、この口頭試問で先生が求めているのは流暢な日本語ではなく、医学的な概念や病気の症状や治療法などの理解です。なので、ベトナム語で基本知識を学び、日本語で専門用語を覚えるという方法で知識を身に着けて、試験に臨みました。


 医学部の基幹科目ではないのですが、将来、医師として働くなら知っておいた方がいいなと思い、栄養学や心理学も勉強しました。心理学は勉強していくとおもしろく、もっと深く勉強してみたいと思いました。私はカトリックなので、上智大学にある教会にも通っていました。たまたまその教会で知り合った人に心理学を勉強したいと話してみたところ、上智大学の総合人間科学部には心理学科があり、カトリックの人は学費が免除になる民間の奨学金があるという話を聞きました。これはチャンスかもしれないと思い、試験にチャレンジしたところ、幸いにも上智大学の心理学部に合格しました。そしてカトリックの人を対象としている民間の奨学金もいただけることになりました。


 2018年4月上智大学に入学し、そこから半年間は慶応と上智の2つの大学で並行して勉強していました。上智大学の授業の一環で、介護の勉強も少ししました。医師として役立つ心理学や介護の勉強ができてよかったのですが、半年後には慶應の医学部の勉強が忙しくなってきました。そして10月から慶応の海外研修プログラムが始まり、ベトナムへ帰国することになっていたので、上智の勉強を一時保留し、慶応の医学部の勉強に専念することにしました。



母国での研究

 

 2018年10月、2年生の終わりごろ、慶応の医学部の海外研修プログラムに参加しました。これは学生が希望すれば海外の病院に行って研究することができるプログラムです。中にはアメリカで先端医療技術を学びに行く人もいましたが、私は母国のベトナムにしました。なぜベトナムにしたかと言うと、日本ではもうほとんどかからない病気がベトナムにはまだあります。患者数も日本に比べてはるかに多く、一人の医師が対応する患者数も多いので、臨床の経験がたくさん積めると思ったからです。日本で慶應義塾大学の医学部に進学しようと考えたときには、日本で学んだ知識をベトナムで生かそうとも考えていたので、この海外研修でベトナムに還元することができました。研修の期間は2年間でしたが、ホーチミン市とハノイのいろいろな病院で経験を積み、ちょうど日本に戻る2020年、奇しくもコロナウイルスが流行するタイミングで、ベトナムでコロナ対応も知ることができたので、貴重な経験をすることができました。


 このベトナムでの2年間、まだ医師免許がないので直接診断することはできませんが、先生のアシスタントとして患者さんにつくことができました。今まで教科書でしか勉強してこなかった知識が、自分の目で確かめられる貴重な経験でした。また、ベトナムでは英語の資料がほとんどなので、日本にいるときよりも英語の専門用語を使う機会が多く、英語の力も伸びました。


 2020年10月、この海外研修が終わり、慶應義塾大学に戻ってきました。今は2022年にある医師国家試験に向けて勉強しています。また、慶応義塾大学病院や関東周辺の病院、衛生病院で臨床実習も始まり、医師になるための勉強と経験を積む毎日です。


 それだけでなく、今、ベトナム人の先輩医師たちと協力して、日本にいるベトナム人患者のためのプロジェクトを立ち上げようとしています。まだ始まっていないので詳細は話せないのですが、自分の知識や経験が日本、そしてベトナムにも貢献できたらと思っています。


メッセージ


 正式な医師になるまでには医師国家試験に合格しなければならないのでまだ時間がかかりますが、私は日本で医師になる道を選びました。今回の私の話で、ベトナム人でも日本の医学部を受験できること、どうやって勉強したらいいのかなどを知ってもらい、将来、日本で医療関係の勉強をしたい人の参考なればいいなと思っています。


 日本で医学を勉強できるのはお金持ちだけで、外国人留学生には無理だと思っている人が多いと思います。もちろん、だれでも医学部に入れるわけではありませんが、医学部に入りたいという強い気持ちがあるなら、最初から諦めずに医学部はどんなところなのか、大学で必要な科目は何か、入試でどのような問題が出されるのかなど、少しずつステップをクリアしていけば合格できます。私の体験から興味を持ってチャレンジする人が一人でもいたら嬉しいです。

東京、2021年7