失敗の後に新しい道を見つける

 2014年に高校卒業し、私は医療系の大学に行きたかったので頑張って受験勉強をしていました。しかし運が悪かったのか、それとも準備不足だったのか入試結果は不合格でした。そのときは諦めずにもう1年頑張って勉強して、もう一度その大学に挑戦したのですが、結果は今回も不合格でした。ここまで頑張って勉強したのに2年連続の不合格はとてもショックでしたが、私はクリスチャンなので、これもイエス様が別の道に進むようにという導きなのかなと気持ちを切り替えて、新しい道を探し始めました。

 新しい道を探している中、たまたま自宅の近くに住む日本語を勉強している知人と話していたところ、日本へ働きに行ってはどうかと勧められました。正直、私は小さいころから日本のアニメやマンガに触れてこなかったので、日本のイメージは富士山、桜、着物しかなく、どんな国なのか全く知りませんでした。しかし、その人の言葉から日本へ行くことに少し興味を持ったので、ハノイにある日本へ技能実習生を送り出している送出し機関を訪ねに行きました。いろいろと調べて情報を集めていくうちに、だんだん日本に行くこともいいかもしれないと思い始めました。高卒の私にとってベトナムで就職しても良い仕事につける可能性が低いので、日本へ行って働いた方が収入面も良く、何より新しい世界に飛び込み、日本語も勉強できるチャンスがあると考えました。そして技能実習生として日本に行くためにハノイの送出し機関へ申込み、日本語の勉強を始めました。

 送出し機関で勉強を始めて数か月後、最初の求人の面接を受けました。面接の前にはしっかり面接のマナーや答え方を教えてもらって練習したので、面接に合格する自信がありました。面接の時、もっとその会社のことを知りたくなったので社長にいくつか質問をしたのですが、漠然とした回答したもらえず、私の知りたいことは答えてもらえませんでした。この様子を見て、社長から明確な回答ももらえないことにモヤモヤし、この会社では長く働き続けることができないと感じたので結果が出る前に、辞退しました。今考えるとこの決断は良い決断だったと思います。この求人を断ったことで、この後、私が3年間お世話になる会社との縁が生まれたのです。

 次の面接は大阪の会社でした。この会社の規模は小さいのですが、家庭的な様子がありました。面接後、前回と同様に社長にいくつか質問したところ、社長が快く丁寧にいろいろと答えてくれたので、会社の印象がとても良かったです。面接後、晴れてこの大阪の会社から内定をもらいました。今回は私のほかに仲の良い人も同じ会社での採用が決まったので、その会社で働くことへの意欲が高まりました。

 私はこの2社の面接を通して、皆さんに伝えたいことがあります。日本へ行くチャンスがあったら、その会社のことをよく調べて、面接のときもしっかり観察することが必要です。面接したから必ず行かないといけないわけではないので、契約を結ぶ前に会社のことを調べることはとても大切なことです。

日本語が一番大切

 大阪の建設会社の内定後、私は日本語の勉強に力を入れました。送出し機関の先生や先輩たちから「外国人は日本に行ったら、お金のことよりも、まずは日本語をしっかり勉強して理解できるようにならないといけない」という言葉を耳にタコができるほど聞きました。

日本語の勉強では日本に行ってから困らないように『みんなの日本語』の50課まで勉強し、日本語能力試験N3の勉強もしました。最初は自分の日本語の発音がきれいでなく、会話も上手くないので自信がなかったのですが、積極的に自分の意見を日本語で言ったり、先生と会話をしたりすることを心掛けていくうちに、だんだん日本語が上手くなっていきました。私はタバコを吸わないのですが、休み時間になっては喫煙所にいる日本人の先生とおしゃべりをしてたくさん日本語を使うようにしました。

 あっという間に6か月が経ち、私の日本語力はさらに高まっていきました。日本への出発の日も近づいていき、早く日本に行きたい気持ちもありつつ、初めて飛行機に乗るので大丈夫かと不安にもなりました。飛行機に乗って酔ったらどうしようと心配すぎて結局飛行機の中で全然眠ることができず一晩徹夜してしまいました。そして無事に成田空港に到着後、組合の人が出迎えてくれました。

 組合で1か月間、日本語や仕事のルールやマナーの勉強をしました。この1か月間でいろいろ勉強ができたのですが、とくに印象に残っていることがあります。それは「確認」です。先生が私たちに質問したとき、私たちは答えを言う前にその質問をもう一度繰り返してから答えるようにと指導されました。質問されたときや何か言われたときにその内容を繰り返し言って確認することは、ミスコミュニケーションを避けるためにも大切なことです。この「確認」は習慣となり、私の仕事にも生きています。

 そして組合での1か月間の勉強が終わり、会社での仕事が始まります。組合のある場所から大阪の会社まで夜行バスに乗って向かうので、組合の先生が出発のバス停まで見送ってくれました。そのとき、先生は私に、これから日本語をどれくらいのレベルになりたいかと質問しました。私はその時はまだ日本語に自信がなかったので、頑張ってN2ぐらいに合格できるようになりたいと答えました。その答えを聞いた先生からは、厳しい口調で、「N2に合格したいなら、さらに高い目標のN1合格という目標を立てないと合格はできない。目標は高く持つものだ」と言われました。この言葉が心に響き、N1に合格した時もこの言葉を大切にしていました。

 大阪に着いたら、他の組合のベトナム人社員のキエンさんという人が迎えに来てくれ、そこで書類や手続きを行いました。キエンさんと話をしてみると、実はその人も元技能実習生で、期間満了後に帰国して留学生として日本に戻ったそうです。そして学校を卒業後は組合に就職し、今の仕事をしているのだと教えてもらいました。キエンさんは組合の日本人社員の人と話すときも流暢に日本語でコミュニケーションを取っているので凄いなと思いました。私はキエンさんの話を聞き、技能実習が終了して帰国後、また留学生として戻る方法もあることを知ったので、いつか留学生として日本に戻るという目標もできました。

新しい生活と新しい目標

 幸いなことに、私の住んでいるところにはベトナム人留学生や技能実習生、インドシナ難民として来日したおじいさんたちなど、たくさんのベトナム人がいました。この人たちとはカトリック教会で知り合いになりました。日曜日の礼拝で教会に行くと、みんなに会えて、嬉しいことも悲しいことも、困っていることも相談して分かち合うことができるので、毎週日曜日はいつも楽しみでした。自分よりも先輩の人たちに仕事のトラブルのことを相談したら解決方法を教えてもらえたり、将来どうしたらいいのかといった人生の相談もできました。私にとってみんなとの時間は何よりも大切な時間でした。また、週末はみんなでベトナム料理をよく作って食べたりしたので、自然とホームシックだった気持ちは癒されてきました。

 この教会の委員会にフイさんという人がいます。フイさんはいろいろな楽器を演奏できて、ワインや骨董品などすごい趣味も持っています。そして何より日本のベトナムコミュニティのために一生懸命活動をしていて、たとえば、技能実習生が病気に罹ったり、会社から不当な扱いを受けた時も相談に乗ってくれ、助けてくれます。私にとってフイさんは憧れの人で、私も日本のベトナムコミュニティへ貢献したいと思っています。

 また、この教会には日本とベトナムの交流教室があります。ここでは日本人と交流して日本語を練習したり、逆に日本人へベトナムの文化などを紹介するのです。私は教科書で習った日本語の文法や言葉を練習したかったので、日本語のクラスに積極的に参加しました。私のように技能実習生の人たちはあまり勉強できる環境はないので、この日本語クラスは勉強できるチャンスでした。中には、この日本語クラスに参加したくない人、知り合いがいないから参加したくても一歩踏み出せない人、途中からの参加だからクラスに追い付かないと不安で参加を拒んでしまう人たちもいますが、とてももったいないです。せっかく日本語を上達させるチャンスが目の前にあるのに、それを逃してしまうのはもったいないです。技能実習生として日本に3年間いることができますが、3年間はあっという間なのです。このようなコミュニティや日本語教室に積極的に参加すれば日本語は上達します。

 もちろん交流のコミュニティや日本語クラスに参加するだけでなく、自分で勉強することも大切です。私は日本語能力試験合格という明確な目標を立てて、それを達成するためにどのように勉強するのかという計画も立てて勉強していました。会社の仕事もあるので、合間の少しの時間を利用して続けていきました。

 2016年9月に来日してから勉強を始め、3か月後の12月には日本語能力N3合格は達成できました。翌年の7月にさらに上の日本語能力試験N2を受験しましたが、登録を誤ってしまい受験できず、結局、12月に合格することができました。N2まで約1年半で合格できたので、残りの1年半はN1合格という目標を立てて頑張って勉強しました。日本でN1を4回受験しましたがなかなか合格できず、ベトナム帰国後の2019年12月にやっとN1を合格することができました。目標をしっかり立てていたので、少しずつ達成へ近づいていき、最後は合格することができたのだと思います。

 私の仕事は建設関係なので、朝早くに出勤し、車でいろいろな現場へ行きます。早く起きなければなりませんが移動時間が長いので、その時間を使って勉強していました。移動中は教科書で勉強するのではなく、少し頑張れば読めそうな日本語の小説を読んでいました。小説を読むことで日本語の語彙数を増やすことができ、文章の書き方や表現も覚えることができました。そして日本語の読解力がどんどん上がっていきました。

 車での移動時間以外、お昼休憩も勉強していました。インターネットを使ってしまうと違うことを調べたり、遊びたくなったりしてしまうので、勉強できるものだけ先にダウンロードして外にいる時はインターネットが繋がっていない携帯や本などで勉強していました。なので、毎日、仕事の合間やお昼休み、そして仕事が終わってから2~3時間日本語を勉強して自分の目標に向かって一生懸命取り組み、達成することができました。

仕事を通しての成長

 技能実習生としての3年間働いている間、会社の人たちはいつも私によくしてくれて仕事も人間関係も順調でした。しかし、時々、ちょっとしたトラブルはありました。例えばある日、仕事が終わり車でかえっているとき、何もしていないのに突然、日本人の同僚が大きな声で私を叱りました。帰りなのでとても疲れていたこともあり、私は頭にきてすぐに言い返してしまい、言い合いになってしまったのです。お互い不穏な空気が流れましたが、このままにするわけにもいかないので相手の気持ちを優先して自分から謝りました。

 このようなトラブルを経験して、わかったことがあります。もしお互いの関係を長く持ち続けたいなら、自分ばかり優先させてはいけません。相手を尊敬することが良い関係性を続けることができるのです。初めて日本で働く人たちは日本人からの扱いに不満を感じることもあると思います。その不満をそのままにして「日本人が悪い」と思うのではなく、なぜそのようなことをするのか相手に聞いて、自分の意見があったら相手に伝えるべきです。自分の意見を相手に伝えるためにも日本語をまずしっかり勉強しないと言うこともできません。日本語は人間関係をよくするためにとても大切なツールなので、日本語能力を身につけることを心がけてください。

 建設業界の仕事において危険予知(KY)はとても大切です。この会社にも、リーダーは従業員たちの安全を確保するためのKYの書類を作らないといけないのですが、みんな結構面倒くさがっていました。休憩時間、私はFacebookなどを見たり、スマホをいじったりせずに本で勉強しているので、リーダーが冗談半分で私にKYの書類を作ってみるかと声をかけてきました。私は作成するのにはとても時間がかかりそうだったので少し躊躇しましたが、これも何かの運かもしれないと思い、やってみることにしました。やはり書類の作成にかなりの時間がかかりましたが、作成していく中で、仕事のやり方やどんな時に危険が生じやすいのかがわかり、そして日本語を書く練習にもなりました。他の人はできない経験を私はできたので、このKYの資料作りを引き受けてよかったと思っています。

 ほかにも、実習期間中に全国の建設現場へ行く機会がありました。南京都にあるごみ処理場や名古屋のバイオマス発電所など非常に大きな建設現場に行くことができました。そこで働いている日本人たちはみんな真面目で、一つ一つ細かい部品まで磨いたりすると仕事へ真剣に取り組む姿勢が素晴らしく、態度や仕事のやり方などがとても勉強になりました。私はたとえ業界や職種が自分と異なっている仕事でも、観察すれば仕事の姿勢や日本語など勉強になると思っています。ただ毎日会社へ出勤して作業を行うのではなく、周りを見て観察して、学び取る姿勢が大切なのだと思っています。


留学の夢が実現

 3年間の実習期間が終わりに近づき、日本に来たばかりの時に会った組合のキエンさんのことを思い出しました。日本語能力N2に合格する目標は達成しましたが、留学生として再び日本へ戻ってくるという目標はまだ達成できていません。日本語能力試験N1合格に向けて勉強を頑張る一方で、留学生として日本の大学に進学したいと思ったので、日本の大学受験に必要な日本留学試験(EJU)の勉強も始めました。日本にいる最後の数か月間は進学情報サイトでいろいろな大学を調べました。留学生として勉強するなら、日本語の通訳やビジネスといった勉強ではなく、専門性の高い学部でしっかりとした知識や技術を身につけられる学校が良いと思いながら探していたのですが、なかなか見つかりませんでした。

 ベトナムに帰国後、大学受験のためのEJUを自分で勉強するか、留学センターで受験勉強するか悩んでいました。EJUの受験科目である日本語と総合科目は出題範囲が広いのですが、ある程度の知識はあるので自分で勉強してもいいかなと思い、自分で勉強することにしました。その結果、530点を撮ることができました。高得点というわけではなかったのですが、私の実力としてはまずまずの点数で、応募できる大学もいくつかありました。しかし、EJUの結果をもらう時期が少し遅れてしまったので、応募できる大学は少なくなってしまいました。

 留学センターに受験校を相談したところ、先輩から筑波大学を勧めてもらいました。筑波大学を調べてみるとJapan-Expertプログラムというものがある事を知りました。このJapan-Expert(学士)プログラムの中にはヘルスケアコースという医療系のコースがあります。私はベトナムの大学で医療系の大学に行きたかったのですが2年連続不合格で行けなかったこともあり、今回、私の念願の夢が叶うチャンスだと思いました。また、筑波大学は国立大学なので授業料も私立大に比べたらそれほど高くないので、経済的な面でも安心です。なので、私は筑波大学に応募することにしました。筑波大学に合格するためには面接試験があるので、センターの先輩たちにたくさん面接練習をしてもらい、晴れて合格し、2020年10月に入学できることになりました。

 入学まで時間があるので、今は日本語をさらに上達させるために日本語の勉強とビザの申請手続き準備をしています。今年はコロナウイルスの影響があるので来日して10月に大学に入学できるのか、それともオンラインでの授業となるのかわかりませんが、ようやく留学生として日本へ戻るという目標を達成まで近づいてきて、嬉しい気持ちでいっぱいです。

 私は、筑波大学に合格できたことはゴールではなく、新しい道の始まり、つまりスタート地点に立ったということだと思っています。無事に日本に戻ることができたら、今度はまた新しい目標を掲げ、目標達成のための計画を立てて頑張って行きたいと思っています。

メッセージ

 日本との生活についていろいろ話したいことがあるのですが、長くなってしまうのでここまでにします。私の話が少しでも刺激となり、モチベーションにつながれば嬉しいです。

 技能実習生として来日し、今、頑張って働いている技能実習生のみなさんにはとくに覚えておいてほしいことがあります。日本での3年間は長い時間のように思えますが、毎日の仕事に追われてあっという間に終わってしまいます。日本語をどれくらい上達させるか、帰国後はどうなりたいのかなど明確な目標がなければ、3年間何もできずに帰国することになります。

 私たち技能実習生は留学生のように勉強できる環境はないので、自分の住んでいるコミュニティや仕事の現場をよく見てみてください。よく観察してみると、コミュニティにも現場にも見本となる良い先生がいて、日本語を上達させる環境があります。成長できる環境は近くにあるのです。なので、みなさんも前向きに頑張って、自分の目標に向かって突き進んでください。

ハノイ, 2020年7月