ルオン ・  ゴック ・ フォン  ・ラン

LUONG  NGOC  PHUONG  LAN

Profile & Message

2015年 高校卒業、日本語学習開始

2016年 JLPT N3に合格後、東京の日本語学校に1年半留学

2017年 JLPT N1に合格

2018年 岩手大学 理工学部  社会基盤環境コース 入学

2022年 名古屋大学大学院 環境学研究科 修士課程入学

2023年 Facebookページ「ランと日本の話」を開設

2024 修士課程修了

地方の貧しい田舎町の出身で、名門高校にも通っておらず、家も裕福ではありませんでしたが、留学したいという強い願望を持っていたので、その夢を実現できました。今も日本で人生の旅を続けています。より大きな夢を叶えようと、熱意を持って、充実した日々を送っています。 

田舎の街から日本へ

名門高校に通っておらず、経済的に裕福でもなく、田舎町で生まれ育った人が日本に留学して、日本のハイレベルな大学に進学できるでしょうか?

私の場合、質問に対する答えは「YES」です。私の知り合いにも、そのような経歴を持ちながら日本に留学し、レベルの高い大学に入学した人がたくさんいます。そして私も、生まれも育ちも受けた教育もすべてが田舎町ですが、私費留学生として来日し、日々の努力と周囲からの助けのおかげで、大学、大学院とも評判の良い大学に入学できました。

 出身地や生まれた家庭の環境を選ぶことはできませんが、未来は努力次第で築くことができます。

 私が生まれ育った田舎町では、今でも農業をやっている家庭がほとんどです。高校を卒業するまでは、ほぼ地元を出ることがありませんでした。私が日本に行った頃は、留学どころか、きちんと勉強をしている人もあまりいませんでした。ベトナムの大学に進学する人の数も、両手で数えられるほど少なかったです。専門学校を卒業後、そのまま就職する人が多く、私の友人の中には高校だけ卒業して、すぐ就職した人もいます。

 私には姉が2人いて、2人ともベトナムの大学に通っています。2人の姉を同時に大学に通わせながら、私を高校に行かせたので、両親にとっては経済的負担が大きかったです。私にとって留学は遠い話のような気がしていたので、まさか日本に留学する日が来るとは思っていませんでした。

ある日偶然、高校の同級生から、彼女の親戚のお兄さんが私費留学生として日本に留学したが、両親の援助なしで自分で学費と生活費を負担しているという話を聞きました。その瞬間、これが私の進みたい道であり、これから進むべき道だと確信しました。それは私が高校2年生の時でした。

 私が住んでいた田舎町には日本語センターがなかったので、高校を卒業するまで日本語のことは何も知りませんでした。日本語を学ぶ準備が整っていなかったので、まずは基礎知識を重点的に学ぶことにしました。

 高校2年生の時から両親に「日本に留学したい」と軽く話していましたが、深い想いや考えは話していませんでした。高校でしっかり勉強して良い成績を取ってから、きちんと考えようと思ったからです。高校卒業後、ベトナム国内の医科大学を受験して、受かった後に初めて両親を説得して日本に行かせてもらいました。

10年前の写真

 留学に行きたくても、両親が許してくれない人もいるかと思いますが、それは私たちがまだ十分に成長していないことや、働きながら勉強するのは大変過ぎるのではないかと心配してくれているからだと思います。だからこそ、自分がしっかりしている姿を見せ、1人でも海外で勉強や生活ができることを証明して、両親を納得させるしかないと思います。私もその方法で、両親に信じてもらいました。

 学力に関しては、留学を決めたらまずはベトナムでしっかりと勉強することが大切です。ベトナムでしっかり勉強しないと、日本に行ったら大変です。私が卒業した高校は名門高校ではありませんが、しっかりと基礎知識を学んだおかげで、来日後、大学に進学しても良い成績を取ることができました。

 経済面に関しては、私の家は裕福ではなかったので、生活費などを稼ぐために一生懸命バイトをして、奨学金を獲得するため頑張って勉強もしようと決めました。困難を受け入れて、耐えて、不平不満を言わずに、ただ最善を尽くすしかないと覚悟したからです。

 午前9時から午後12時30分まで学校で勉強し、授業が終わったらすぐにバイトに向かっている日々がずっと続いていました。決して楽な道ではありません。しかし、諦めようと思ったことがあるかと聞かれたら、一度もありませんと答えます。日を追うごとに、私は自分の目標に少しずつ近づき、少しずつ成長していると感じることができたからです。

 最後までやり抜く強い決意が大きな扉を開く鍵となります。日本に来てからずっと、私は志を同じくする仲間たちと励まし合い、毎日頑張ってきました。

 1年半の日本語学校のプログラムを終え、私は岩手県の国立大学に合格しました。そして、大学を卒業した後、名古屋大学の修士課程にチャレンジし、無事合格しました。少額の奨学金も含めると、語学学校に通ってから修士号を取得するまで、毎年奨学金を受けていました。私はいつも自分にこう言い聞かせています。「努力は必ず結果を生む。一度結果を出してしまえば、田舎出身か都会出身か、名門出身かどうかなど、誰もその経歴を気にしません」。むしろ、私は田舎出身でもここまで来れた自分を常に誇りに思っています。

 良い環境に恵まれていないことは、本人の考え方次第で障壁にもなるし、動機づけにもなります。解決策は常にありますが、私たちがその解決策を実現するのにかかる代償を受け入れることができるかということです。日本は誰にとっても良い環境ではありませんが、努力し、忍耐し、果敢に取り組む人にとっては良い環境になります。

外国語を学ぶ秘訣

12年間英語を勉強したのに、私と同じようにほとんど英語を使えないという人はいますか? 

 私の場合、文系の科目は得意でしたが、英語だけは苦手でした。高校の卒業試験の時、英語の成績が最低ラインを超えず、卒業できないのではないかと不安な状態で試験を受けましたが、幸運なことに10点満点で 4.75 点を獲得し、無事に卒業することができました。

 その後留学した際、志望校に入るためにはTOEIC700点以上が必要であることを知り、5、6ヶ月くらいでその点数を獲得しようと決意しました。結果的に850点以上を獲得し、さらには大学3年生の時に、3ヶ月ぐらいの勉強期間で中国語のHSK5級に一発合格しました。受験料がかなり高かったので、その後は受験しませんでした。

 ベトナムにいた頃の私の英語学習を振り返ってみると、英語が苦手だったのは自分に英語を勉強する才能がなかったのではなく、周りの人たちから「外国語の才能がない」とか、「田舎だから英語を勉強しても意味がない」と言われて、自分は本当に英語ができないと思い込んだからです。その結果、真剣に学ぶことに時間を費やしていないため、本当にできなかったのだと思います。才能がないなら、いくら学んでもできるようにならないと当時は思い込んでいましたが、その考え方こそが大間違いでした。

 外国語を学ぶのに才能は必要ありません。重要なのは忍耐力、勤勉さ、計画性です。才能があるのは良いことであり、速く習得するのに役立ちますが、才能がないからといって学習できないわけではありません。

 英語、中国語、日本語の3つの言語を学習した経験から、私は次のような外国語学習のヒントを学びました。

① その外国語を学び、克服し、活用できるという信念を持たなければなりません。

信念があるか否かの違いは、私たちが何かをやり遂げられるかどうかに大きく影響します。なので、必ず日本語を習得できるという強い信念を持ってください。

 私は日本語を勉強し始めてから、ベトナムの医科大学を中退して日本に留学したので、日本語を使いこなせるようにならなければいけないとずっと思っていました。そもそも日本語ができないと、何も勉強できないからです。日本に留学したのに、日本語ができないというのは、情けないし、両親にも申し訳ないので、日本語を習得しなければなりません。日本に留学して知識をしっかりと吸収するためには、日本語が必要なツールです。日本語を学ぶ皆さんにはそれぞれの目的があるでしょう。しかし誰でも最初のステップは、「自分は絶対日本語ができるようになる」と強い確信を持って勉強に取り組むことが大切です。

② 高い目標を設定する

低めの目標でも達成できないのに、高い目標を設定してどうするの?と思っている人も多いでしょう。もしそう思っているなら、今すぐその考え方を捨てましょう。

 簡単な例を挙げると、私は毎日ジョギングをする習慣があり、毎日5km走るのが目標でした。目標を5kmにしていたら、3kmや4kmのみ走ると物足りない気持ちになります。しかし、目標を3kmにしていた時は、2kmくらい走るだけで結構な疲れを感じました。

 多くの先輩たち、そして私自身も、ゼロから日本語を学び始めてわずか2年でN1を取得できました。私たちみんなの1つの共通点は、N1合格を最終的な目標にしていたのではなく、N1は国立大学に合格するためのステップにすぎないと考えたことです。

 少し自分の目標を大きく設定してみることをおすすめします。

③  計画を立てて実行し、継続的かつ定期的に勉強をする

モチベーションが私たちの原動力ですが、計画性と実行力こそが私たちを前進させます。前述した2つのヒントは私たちにモチベーションを与えてくれますが、このステップでは自分自身を律する必要があります。

 語学学校に通っていた頃は、学校で先生と3時間半集中して勉強するだけでなく、毎回授業後にその日の知識をしっかり復習し、翌日の授業の準備に時間を費やしていました。このような勉強のルーティンを維持すると、私が自分で学ぶスピードが、学校で教えてもらうスピードを超えました。学校のカリキュラムを超えても、私はそのままその定期的な自習プランを続けました。学校の教えるスピードは国立大学に入りたい学生のためではないと分かっていたからです。

 私の目標は国立大学入学だったので、違うペースで学ばなければなりません。学校の教えるスピードが遅いから勉強がなかなか進まないなど、他人のせいにしてはいけません。

 常に自分の人生をコントロールする必要があります。勉強やその他のことをよりスムーズに進めたい場合は、絶対に被害者ぶらないことです。

 そして、学習の計画を立てましょう。計画には、長期および短期の目標と、毎日しなければならない具体的な行動を設定します。

④アウトプットをしましょう

たくさん本を読んだり、たくさん聞いたりすることが良いことだと思っている人が多いですが、それは誤解です。学習には、聞くことや読むことなど、情報の受け取りを意味する「インプット」があります。そして「アウトプット」とは、話すことや書くことなど、情報を伝える行動です。

 効果的な学習にはインプットとアウトプットの両方が必要です。

 私たちは、アウトプットよりもインプットが多くなる傾向があります。それを認識しているので、もっとアウトプットしようと常に自分に言い聞かせています。Facebookページ「ランと日本の話」(現在フォロワー数14,000人)で毎日記事を書いてシェアすることもアウトプット活動の一環です。

自分はもう十分にインプット・アウトプットしているか、毎日自分が立てたプランに沿って勉強できているかをもう一度振り返ってみましょう。

以上の4つのヒントをうまく実行すれば、確実に上達します。今回紹介した学習のヒントは、日本語の学習のみならず、あらゆる学習に役立つでしょう。

たくさんの体験と共有が重要

私たちは何も持たずにこの世に生まれ、何も持たずにこの世を去ります。私たちの唯一の財産は、私たちが経験したことです。 それが私のマインドセットなので、積極的に新しいことを体験していきます。

 私は「やらない後悔よりやる後悔」という言葉がとても好きです。倫理や法律に違反したり、人に危害を加えない限り、何かやりたいなという気持ちがあればすぐに行動してみます。

 修士課程の勉強や課外活動、時には朝から夜遅くまで働き、毎日大変そうなのにどうしていつも明るいのか不思議だと、よく友達に聞かれました。

 それは、自分の好きなことをやっていて、「体験」という資産を積み上げていく感覚を楽しんでいるからなのです。若くて、エネルギー満タンな時期を活かして、たくさんのことを体験していきたいと思っています!失うものが少ない若い時は、失うことをあまり恐れず、色々なことを精一杯体験してみてくださいね。

 そして留学中に経験したことも、将来の貴重な経験や財産になります。奨学金をいくつかもらっていましたが、それでも一生懸命にアルバイトをしていました。牛丼屋、うどん屋、コンビニ、お弁当工場での仕事から、国際交流協会の相談員、警察や弁護士の通訳、NHK放送局、ベトナム語講師、大学のTAなど、様々な仕事を経験しました。

 今まで経験したアルバイトのおかげで、私は大きく成長できたと思っています。学校では、難易度の高いソフトスキルをたくさん身につけました。奨学金をもらって経済的に余裕がある人でも、経験を積むために少なくとも1つは仕事をしてみてくださいね。

 そして、今まで自分が体験できたことをFacebook Page「ランと日本の話」を通じて1人でも多くの後輩に共有し、皆さんに刺激を与えられればと思います。私が知っていることや経験してきたことは、長年日本に住んで働いてきた多くの先輩たちに比べたら大したことはないかもしれませんが、人にはそれぞれ独自の旅、独自の経験があると思っています。それは時に他の人の助けになることができます。なので、他の人を助けたいという気持ちがあったら、ぜひあなたの経験を共有してみてください。「シェアする」という行動を通して、たくさんの良い関係に出会えるでしょう。

メッセージ

 これまで私自身の体験談やメッセージをたくさん共有したので、この最後のメッセージでは、最も皆さんに伝えたいことを3つお話ししたいと思います。

 1. 自分を信じましょう。たとえ拒絶されたり、少々困難な状況であっても、自分を否定せず、簡単に諦めないでください。

 2. 積極的にたくさんのことを体験しましょう。経験は私たちの財産です。

 3.自分が学んだことや蓄積した経験を、積極的に他の人に共有しましょう。与えたり受け取ったりすることは、人生をより豊かにする意味があります。

 常に自分を信じて、日本で達成したい目標に向かって全力を尽くしてください。

名古屋4/2024