ター ・ ティ ・トゥ・ハン
TA THI THU HANG
Profile & Message
2005年 日本へ私費留学
2007年 ベトナムに帰国し、通訳兼日本語講師として日経自動車設計会社に入社
2008年 再び来日
2009年 正社員を目指し就職活動を始める
2010年 神奈川県伊勢原市に在住しているベトナム人の子供たちの学習サポートボランティアを始める
2012年 専門学校で働き始める
2016年 Facebookページ「Wakuwaku Tabi」」「Wakuwaku Nihongo」を作成
勇気を出して新しいものに挑戦すること。チャンスは思いがけないときにやってきます。
自分が興味の持っていることをすれば、自分に合う道が見えてくる。
ベトナムへ帰国
12年前の2005年、高校を卒業してから私費留学生として来日し、日本語学校へ入学しました。2年間の日本語学習コースを修了した後は日本の大学に進学し、日本で就職する予定でいました。しかし、大学へ進学するには高額な費用がかかるので、日本語学校の卒業時期が近づいてくると進路について迷ってしまいました。
その時、ベトナムの日系企業での仕事を紹介されました。それは、自動車設計会社で働いているベトナム人エンジニアへ通訳を行う仕事でした。日本の大学に進学したい気持ちもありましたが、この仕事は自分にとってとても良いチャンスだと捉え、ベトナムへ帰国することにしました。
当時、日本語のレベルは2級(現在のN2相当)だったので、日本語でのコミュニケーションに自信をもっていました。しかし実際の仕事では、自分は一番若くて専門知識も無かったので、通訳や資料の翻訳が上手くできず、自信を失くしてしまいました。それでも同じ部署の先輩たちが親切に指導をしてくれ、サポートしてくれたので、自分も一生懸命頑張り、仕事のプレッシャーを乗り越えて、徐々に仕事がこなせるようになりました。
入社して2ヵ月後、通訳の仕事の他に新入社員に日本語を教える仕事を兼務することになりました。その仕事は自分にとって大きな挑戦でした。私は日本人の先生から日本語を教わり、単語や文法の使い方や意味は理解していましたが、ベトナム人にベトナム語で日本語について説明することはとても難しかったです。一番簡単な文法でも、皆が理解できるような説明ができませんでした。それを改善するため、仕事を終えて家に戻ってから、皆が分かりやすいように自分でカリキュラムを作成しました。その甲斐あって講義を受けた社員から「講義がおもしかった」、「先生の説明は分かりやすい」等の感想を頂き、徐々に日本語を教える仕事への関心が高まっていきました。
そしてまた、その時期に現在の夫と出会いました。夫はベトナム人エンジニアへ技術を教えるために出張でベトナムに来ていて、付き合い始めて1年後に結婚することになりました。2008年の年末には夫の出張期間が終わり日本へ戻ることになったので、夫と一緒に私も日本へ戻りました。
日本での就職活動
日本へ戻ると仕事を探すことになりましたが、ベトナムでの通訳や日本語講師の経験を活かし、アルバイトではなく正社員として就職することを決意しました。
しかし、その頃はリーマンショックの影響で就職することはとても困難でした。ジョブフェアーや合同説明会に沢山参加しましたが、就職先は見つかりませんでした。殆どの求人は、大学卒業や専門的な知識を持っていることが応募条件になっており、私は大学を卒業しておらず、日本語能力2級しか持っていませんでした。日本語能力1級を持っている人は殆どいなかったので、まずは3ヶ月間勉強に集中して1級を取得することにしました。1級を取得した後も履歴書を送り続けましたが、結果は変わらず、不採用のメールが沢山届きました。夫はいつも応援してくれていましたが、就職が決まらず、毎日、家事をしていると、だんだん居候をしている気持ちになってきて、肩身が狭く感じるようになりました。正社員として就職すると決意していましたが、「正社員に縛られず、いろいろなことやってみたら、自分のやりたいことが見つかるかもしれないよ。」と、夫は励ましてくれたので、新しい道を探し始めました。今まで自分が知らなかった世界を知りたいと思い、当時興味があったうどんやパン、クレープ等飲食関連のアルバイトに応募してみました。
また、ベトナムで日本語を教えていた経験から、地域の外国人を対象とした日本語を教えるボランティアに申し込み、インド人、中国人、ベトナム人のグループに毎週末日本語を教えました。日本語が全く分からない人たちに、日本語で日本語を教えましたが、最初はとても大変でした。自分が留学生として日本語を勉強していた頃に教わっていた先生の教え方を思い出し、分かりやすい言葉や画像・イラストを使って教えるようにしました。すると、だんだん皆の日本語力も向上していき、自分も外国人に日本語を教える経験を積むことができました。
ボランティアで日本語を教えることで、正社員として就職するというプレッシャーから解放され、仕事を探すチャンスも広がり、翻訳会社でのアルバイトも始めました。また、教育委員会が運営している在日ベトナム人の小中学生の子供たち向けに日本語とベトナム語を教える仕事も行いました。自分の好きな仕事を色々体験できて幸せです。1日中拘束される仕事ではなく、仕事の量や時間をコントロールできるので、自分には合っていると思います。
その後、弟が日本に留学することになったので日本語学校を探していた折に、現在働いている学校を偶然見つけました。当時、その学校はベトナム人留学生を受け入れていなかったので、弟の履歴書は提出しませんでした。しかしその後、学校の理事長へ連絡をして、ベトナム人留学生の受け入れについて話をした際に、その学校で働かないかとお誘いを受けました。
ベトナム人留学生との繋がり
2012年、来日するベトナム人留学生が増加しました。それに伴い、ベトナム人留学生による犯罪や問題も増えました。自分も留学生として過ごしたので、今の留学生の大変なことは理解しています。留学生たちの生活には学校の支援が必要です。下記2点を承諾いただく事を条件に、その学校で働くことに同意しました。
① 留学生の住まいは学校が手配し、初期費用は留学生に負担させない
② 各種行政手続きや携帯電話の申込み、アルバイトの紹介等、学生が来日した際の、サポートも学校が行う
その後、万引きや無賃乗車などベトナム人留学生の犯罪行為が発生していることに気づきました。知識が無く、自分でも気づいてないうちにルールやマナーに反している学生も見受けられました。この状況を改善するため、入学時期毎に管轄の警察署から講師を招き、法律や生活の注意点についてガイダンスを行ってもらうことにしました。その結果、違反者はこの5年間で劇的に少なくなりました。また、地震等の災害、消防訓練も行い、留学生たちの心配を取り除いています。学校で働きながら留学生たちと接していると、学生たちの情報不足による課題が見えてきました。
SNSを通して必要な情報を提供するために、積極的に他のコミュニティ活動に参加しました。例えば、4年前からベトナム日本コミュニティというグループの管理者たちが行っている「Bánh chưng Nhân Ái(バイン・チュン・ニャン・アイ)」というイベントに参加しています。そして、日本での生活に必要な情報や、日本の文化・社会についての情報などを共有する「Sugoi」というFacebookページを作りました。そして、Sugoiのアプリも作りました。辞書機能だけでなく、日本語のニュースを見ながら、日本語の勉強もできるアプリです。そのアプリの旅行と日本語のコンテンツ作成を担当しているうちに、ベトナム人留学生たちが日本の国内旅行について関心が強いことに気がつきました。
Facebookのページを見るだけでなく、留学生たちはオフラインで直接会って遠くへ行きたいと思っていましたが、手段がなかったので旅行することができませんでした。そこでみんなの願望を叶えるために「Wakuwaku Tabi」と「Wakuwaku Nihongo」の2つのページを新しく作りました。
※「Bánh chưng Nhân Ái」ベトナムの旧正月の時期に、在日ベトナム人が母国のお正月の雰囲気を少しでも感じられるようにベトナムのおせち料理を作り販売し、利益はチャリティー基金(Cơm Có Thịt)を通じて、ベトナムの困っている子供たちへ寄付している。
Wakuwaku Tabiで自分の新しい可能性を見つけた
留学生のときと日本へ戻って来たばかりのとき、交通手段は歩きか自転車、電車しかありませんでした。仕事へ向かうために週3日は自転車で10キロ走り、仕事に行っていました。しかし、さらに遠いところへ行くときには夫に送ってもらうしかなく、少し窮屈に感じていました。
しばらくすると、お金が貯まったので運転免許を取ることにしました。最初はバイクの運転免許、その後は車の運転免許を取りました。運転免許を取ることは思っていたよりも難しくなく、免許は取ってからは翼が生えたように自由にどこへでも行けるようになりました。車に乗って普段よりも遠いところまで行くと、家の近所でもこんなにもきれいなところがあるのだと気づき、感動しました。
ベトナム人留学生たちが遠いところへ行きたいけれど、行くことができないといった気持ちがわかったので「Wakuwaku Tabi」というページを作りました。観光地などの紹介だけでなく、車でスキー旅行やキャンプなどへ行くグループをつくり、イベントを行っています。「Wakuwaku Tabi」は2016年12月に設立し、今までで4回スキー旅行を開催し、毎回約30人が参加しました。そしてそれよりも小規模な8人~10人ほどでキャンプや野外のバーベキューも行いました。そういう旅行を通して、在日ベトナム人留学生がみんなに会って交流したり、つながったりするチャンスをつくることで、強いコミュニティと良い思い出を作ることができました。
メッセージ
友達のほとんどが大学を卒業して、修士、博士などもいる一方で、自分は何も持っておらず自信を失い、友達に負けないように大学に入ろうと思ったこともありました。しかし、仕事の成功や失敗と人生の体験を通して、大学卒業することがすべてではないと気がつきました。アルバイトでも重要なのは、仕事への態度、それに知識を蓄積すること。自分の強さや弱さを理解し、自分を成長させること。そして最後に、最も重要なことは、勇気を出して新しいものに挑戦すること。チャンスは思いがけないときにやってきます。
神奈川、2017年5月