新しい言語を勉強するために来日

 今から5年前の2016年、私は母国ベトナムで貿易大学を卒業してわずか3か月後に留学生として来日しました。私の専攻は英語でIELTS 7.0を持っていたので、留学するならニュージーランドやオーストラリアの大学院だろうと周りは思っていたようですが、私が選んだのは日本でした。これにはみんなとても驚いていました。奨学金をもらえる英語圏の大学院も探そうと思えばたぶん見つかると思います。しかしその当時、私はまだ大学院へ進学して深く勉強したいことが見つかっておらず、また英語能力が高い人は周りにあふれていたので、英語だけでは競争できない時代になっていました。ならば新しくもう一つの言語を身に付けて自分の価値を高めようと思い、新しい言語にチャレンジしたのです。

  留学先の選択肢は中国、韓国、そして日本がありましたが、文化がベトナムに似ていて、働く環境もビジネスの評価も高い日本がベストな国だと思いました。さらに当時、日本は経済的な関係を中国からベトナムにシフトしつつあったので、日本への留学はチャンスだろうと思い、日本に決めました。

 留学先を決めた私は、日本に1、2年留学していれば自然と日本語が上手くなり、現地の人や文化、ビジネスも身につき、就職のチャンスがたくさん転がっていると思っていました。数か月の留学に向けた書類準備後、2016年7月に晴れて留学生として来日しました。その時は日本語の勉強をほとんどしておらず、ひらがなとカタカナが少しわかり、簡単な挨拶だけできる程度でした。ほとんど日本語能力ゼロの状態で日本へ降り立ったのです。

短期間でN2に合格する無謀な計画

 日本に留学を決めたとき、私には1つだけ達成したい目標がありました。それは日本語学校を卒業する前に就職できる日本語能力(N2レベル)を身に付け、日本で就職することです。当時、私の日本語学校のコースは1年半のコースで、通常の2年間より半年も短いコースでした。日本での留学生経験がある人ならわかると思いますが、日本語能力ゼロで来日し、日本語学校1年半という短い期間でN2に合格し、さらに日本で就職するなんて無謀なことです。笑われてしまうかもしれません。しかしこの当時、私は日本語の勉強のことも就職活動のことも何も知らなかったので、この目標がかなり難しいものだとは思ってもいませんでした。

 私がこんな無謀な目標を掲げたのには、アメリカに留学した友人の経験談があります。友人は英語をあまりできないままアメリカに留学しましたが、1年後には英語をペラペラに話せていたのです。私も同じように、1、2年日本にいたら自然と日本語が上手くなり、英語も得意なので仕事は簡単に見つかると甘く考えていました。ベトナムの大学を卒業して、日本に留学生として来日し、ある程度日本語が出来るようになった人の中には私と同じような考えの人もいるでしょう。私は大卒で英語もできると自分自身に自信を持っていたので、来日前に日本語をほとんど勉強せず、もちろん日本の就職活動なども調べていませんでした。しかし来日して初めて現実を目の当たりにし、日本語の勉強の大変さなどにショックを受け、自分はダメだなと落ち込みました。自分の考えが甘かったと痛感しました。

 日本に住んでいたら自然と日本語が身について、簡単に言葉を操ることができるなんて夢のまた夢です。頑張って勉強したり、練習したりしなければ日本語は身につきません。日本語がまだ十分ではなかった頃はアルバイトを見つけることにも一苦労でした。本当は英語の通訳など専門を生かしたカッコよくてオシャレなアルバイトをしたかったですが、日本語能力が足りなかったので手足を使った単純なアルバイトしか見つかりませんでした。日本語での会話もままならず、毎日に疲弊し、もうダメだと落ち込む日々でした。

 しかし、ここで諦めたら頑張って来日した自分の努力は水の泡になってしまいます。前に進むしかないと気持ちを切り替えました。どうやったら日本で就職できるのか、Googleで調べたり、学校の先生や先輩に経験を聞いたり、インターネットで知り合った先輩にも積極的に相談したりしました。先輩たちからはいろいろなアドバイスをいただきました。たとえば、就職したいならばできないことはないけれども人の倍以上努力しないとダメだというアドバイスもあれば、1年半しか日本語を勉強するのは短すぎるし、日本語学校を卒業してすぐに就職するのは難しいから、専門学校や大学院へ進学してもう少し日本語を習得してから就活した方がいいというアドバイスもありました。自分にとって良い選択は何かを深く考えた結果、今の日本語学校卒業後にさらに進学することは時間もお金もさらにかかり機会費用の損失になるので、最初に立てた目標通り、日本語学校卒業後に就職できるように頑張ることに決めました。

 1年半の日本語学校卒業後に就職する目標を実現させるためには、まず、来日して1年後の2017年7月に日本語能力試験N2に合格しなければなりません。私は文系なので就職のハードルは高く、日本語能力N2は必要だったのです。このN2合格に向けて、昼は学校で勉強し、夕方はアルバイト、そしてアルバイトから帰宅した夜も日本語の勉強をしていました。1年間という時間はとても短いので1分1秒でも無駄にしないように通学時間も電車の中で日本語の聴解などの勉強をして、わずかな時間も勉強に費やしました。

 日本語の勉強で私が工夫したことはもう1つあります。たいていの日本語学校の授業は午前中、午後の半日だけの授業です。学校が終わり、家に帰ってから勉強しようとしても別のことに気を取られ、勉強がはかどらなくなってしまうので、なるべく授業が終わっても家に帰らずに学校の図書館を利用してアルバイトの時間まで日本語の勉強をしていました。週末は学校や休みになってしまうので、区の図書館で勉強するなど、家でだらだらしないようにしていました。図書館には勉強に集中できる環境があり、一生懸命勉強している人ばかりだったので、日本語の勉強のモチベーションにもなっていました。

 また、さらに日本語の勉強に時間をかけるため、アルバイトの時間も減らしました。もちろんアルバイトを減らした分、家族の仕送りなくして日本での生活はやっていけませんでしたが、今は勉強に集中するときだと考えていました。アルバイトも全部を辞めてしまうのではなく、聴解や会話の練習は実際の日本人がいるほうがいいので、日本語の練習のために最低限、食事代を賄えるぐらいのアルバイトは続けていました。

 居酒屋でアルバイトしていましたが、家から離れていたので往復に時間がかかり、勉 強時間を確保できなかったので、そのアルバイトは辞めました。そして学校と家の間にあった牛丼屋でアルバイトすることにしました。このお店は近く、アルバイトから帰宅した後でも勉強できるので良かったです。私はN2合格の目標に向けてすべてを勉強に費やしました。同じ学校の人の中には、いくつもアルバイトを掛け持ちし、たくさん稼いでいる人もいて、正直凄いなと思っていましたが、自分はお金を稼ぐよりも日本語を上達させて就職することが第一優先だったので、周りに流されずに頑張り続けました。そして1年間の努力が報われ、2017年7月に念願のN2に合格することができました。私の日本への就活の道を歩み始めました。

苦戦する就職活動

 来日してからの1年間はN2合格のために全力を尽くしていたので、日本での就職活動について、スケジュールや応募の仕方などよく知りませんでした。実際に就職活動してみるとN2合格しただけでは全然ダメで、もっと勉強したり準備したりしなければいけないのだと気が付きました。日本の会社の求人票には、外国人採用でN2以上と書いてあっても、N2の合格証明書では役に立ちません。面接の場で、自分には日本語の会話力があり、コミュニケーション能力も高く、企業や仕事内容の理解ができているとアピールしなければ通らないのです。

まだ日本語能力が未熟だったときはマイナビなどの日本語で書かれた就活情報やコラムを読んで理解することはできなかったので、MP研究会のベトナム語で書かれている就活コンテンツを読んで、就活の基本を学びました。自己分析や履歴書の書き方、面接の質問の受け答えなど、基本の基本から勉強しました。とくに自己分析は大変ですが意味のあるものだと思いました。自分がどんな人なのか、

 どうなりたいのかがわからないまま面接で仕事の希望を聞かれても答えられません。事前の準備がいかに大切かを知っただけでなく、日本語での会話力やコミュニケーション能力も高めないといけないと思い知りました。私は学校とアルバイト先でしか日本語を使わなかったので、日本語の発音やコミュニケーション力に不安がありました。そこで積極的に日本人との交流を増やそうと思い、日本人と交流できるグループや活動を探して日本人の友人を増やしていきました。日本人とたくさん話をしていく中で、場面ごとにどのように日本語を使うのか学ぶことができました。学校やアルバイト以外でも日本語力を磨く工夫をしていました。

 就職活動を始めて数ヶ月後、初めてある企業から内定をいただきました。その会社はアパレル業界の会社向けのシステムを手掛けている小さな会社で、カスタマーサービスやデータ入力のお仕事でした。内定後、1日4時間のインターンシップを半年間続けることが入社条件だったので、インターンシップから始めました。このインターンシップ期間では本当にいろいろなことを学びました。日本の会社のビジネスマナーから電話の応対、日本でのビジネスメールの書き方、お客様が来所された際のご案内など、取引先のお客様は日本人なのでとても勉強になりました。データ入力なども上手になりました。数ヵ月間インターンシップをしましたが、結局、内定を辞退することにしました。辞退してしましたが、この会社で学んだことは後々とても生かされています。

ゴールに辿り着いた

 日本語学校を卒業する数か月前に内定をもらった会社を辞退したので、急いで就活をやり直さないといけなくなりました。また書類の準備、求人情報の確認、応募、そして面接と忙しい日々がやってきました。私はたくさんの会社に応募し、たくさんの面接に参加し、そしてたくさん不合格の通知を受け取りました。クリスマスの時期になると求人数は一気に減り、在留カードの期限も切れそうだったので焦っていました。就活も上手くいかず、日本との縁はないのかな、もう少し早くから就活をすればよかったと自分自身を責めては落ち込んでいました。しかし、まだビザも切れておらず就活も終わっていません。気持ちを切り替えて最後まで頑張ろうと決め、またパソコンで求人情報を探し始めました。

 このままただ闇雲にたくさん応募しても結果は目に見えているので、一歩引いて、自分を採用したいと思う会社はどんな会社なのか、採用側の視点から考えてみました。今まで私は貿易大学を卒業しているので貿易事務やロジスティックの仕事など、貿易に関する仕事ばかり探していました。もちろん貿易も専門分野ですが、他にもセールスポイントがあることに気が付きました。私は英語も得意で、

 明るく積極的な性格、旅行なども好きでフットワークも軽いです。営業に向いているのかもと思ったりもしました。今までは限られたキーワードでしか求人を検索していませんでしたが、営業やマーケティ

ングなど、幅を広げて文系の仕事を探してみました。そのおかげで新しい求人がたくさん見つかり、積極的にアプローチしてみました。

 留学生の就活を支援するウェブサイトなども使い、就活を頑張った結果、数か月後には2社から内定をいただきました。そのうちの1社は、70年もの歴史がある老舗の電子メーカーの海外営業のポジションでの内定でした。正直言うと、私は貿易の仕事をしたかったのですが、このときの自分の能力やスキル、経験では限られた選択肢からしか選択することはできません。この海外営業の仕事もさまざまな経験が身に付くと思い、内定を承諾しました。そして2018年4月に入社し、目標だった日本の会社への就職の夢が果たされたました。

新しい方向性

 私が入社した電子メーカーの会社は70年もの歴史のある会社ですが、上司も周りの先輩たちも親切でオープンな会社でした。外国人の私にも親切にいろいろと教えてくださいました。私の仕事は営業メインでしたが、海外へ商品を輸出することもあり、少し輸出の手続きにも携わりました。その際、外国の企業などとたくさん英語でやり取りする機会があったので得意な英語を生かすことができました。

 少し時間が経ち、会社の商品についてもある程度理解できてくるようになると、営業部長だった上司の営業アシスタントとしてベトナム出張に同行することになりました。そこでベトナムの取引先を回りながら、上司の営業スキルを学ばせていただきました。お客様が心を開くポイントや日本人のおもてなしの姿勢など、いろいろ学びは多かったです。そして売り上げも獲得できました。

 この会社ではさまざまな勉強ができ、経験も知識も身に付き、売り上げもますます増えていきましたが、昨年の2020年8月、2年半働いたこの会社を退職し、転職することに決めました。転職理由はいろいろありますが、私はもっと貿易の仕事に携わり、自分のスキルを生かしたいと思ったのが一番の理由です。今まで輸出は携わっていましたが、輸出入両方に携わり、とくにベトナムからの輸入はやってみたいと思いました。また、近いうちに結婚するので出張が多いのは大変だという理由もあります。

  転職する気持ちは固かったのですが、会社の人たちとの関係性も良く、自分のプロジェクトも終わっていなかったので、会社に迷惑かけない時期を見計らっているうちに退職するまでに8か月もの時間がかかってしまいました。コロナ禍でまだ次の転職先も見つかっていませんでしたが、ちょうど担当していたプロジェクトが終わったタイミングだったので退職しました。
 この会社のグループ会社にベトナムと関係している会社があり、その会社で営業や貿易のスキルを生かせるので、その会社への転職を決めました。新卒で入社した当初、私は貿易の仕事をしたかったですが、すぐに叶えることはできませんでした。2年が経ち、今はまだ勉強中ですが、貿易関係の仕事に就くことができ、自分の勉強した専門分野を生かせる仕事で良かったと思っています。今回は輸入も、そして船便も取り扱っています。まだ3ヵ月しか経っていませんが、これからももっと頑張りたいと思っています。

メッセージ

 日本で就職するのはみんな大変です。私みたいに英語に自信があって日本語をあまり勉強しない人、就活を真剣に考えていない人もいますが、目標を持って努力し続ければ自分の努力や頑張りは報われるのです。日々、スピードを上げて、少しの時間も無駄なく使い、努力し続けることが大切です。

 このVoice of Asean Sempaiを読んでくれた人に伝えたいことが1つあります。それはたくさんのものを得たいなら、自分なりに頑張って価値のある人にならないといけない。価値がない人は得ることはできないので、価値のある人になるために頑張ってほしいです。時間が足りないと思わずに、時間がないならスピードを上げて限界を延ばしましょう。目標に向かって頑張ってください。

東京、2021年2月