思わぬチャンス

 2017年の半ば、ナムディン看護大学を卒業する前に偶然、日本へ行くチャンスが転がってきました。その年はちょうど技能実習生介護の制度が始まり、ベトナムでも送り出し機関が介護の技能実習生を集めて教育するブームが広まっていました。


 ある送り出し機関が私の大学と連携していて、今度、技能実習生介護の説明会をハノイで開催するというお知らせがありました。ナムディンからハノイまでは車やバイクで約2時間かかるのですが、この大学の学生ならハノイまでの無料送迎バスを出してくれ、また、参加したら日本円で約1000円がもらえます。この説明会のことを知るまで、私は外国へ行くことは夢にも思ったことがありませんでした。私の通っている大学は普通レベルの大学で、私の学力も真ん中ぐらいです。卒業したら実家の近くのクリニックで働き、その傍らで化粧品のオンライン販売もしてみようかなと考えていたので、全く外国へ行くことは頭にありませんでした。説明会に参加しようかと迷いましたが、無料でハノイまで行け、尚且つ参加するだけで1000円ももらえるので、こんな魅力的な説明会はないと思い、参加することにしました。


 ベトナムのことわざに「縁からは逃げきれない(切っても切れない)」という意味のことわざがあります。その技能実習生介護の説明会には120人もの人が参加していました。説明の中で、120名の参加者の中で選ばれた20名は送り出し機関が特別に日本語の勉強を無料で提供し、生活費も補助してくれるといった話がありました。まさか自分が選ばれるわけないと思っていましたが、なんと、その20名に入ってしまいました。大学時代は成績も真ん中ぐらいでパッとしない私が選ばれたことがとても嬉しかったです。日本へ行くことは考えていませんでしたが、日本語の勉強にお金もかからず、生活費の補助もある、日本への渡航費は日本で働いてから返せばいいので借金することなく日本へ行くことができます。これはチャンスだと思い、思い切って日本に行きたいと両親を説得しました。そして2017年にはナムディンから引っ越し、送り出し機関で日本語の勉強を開始しました。


N4とN3の取得に苦戦


 送り出し機関の日本語の授業に入ってまずテストがありました。私は日本語の基礎クラスからのスタートでした。この基礎クラスのメンバーは、みんな同じタイミングで勉強を始めるのではなく、すでに1週間前に入ってひらがなやカタカナも覚え、『みんなの日本語』の2課まで勉強している人も一緒のクラスでした。私は初めて日本語を勉強するので、クラスの勉強についていくのに必死でした。もともと勉強のスピードも早い方ではなく、すでにクラスで勉強している人との差もあり、なんとか追いつこうと一生懸命勉強しました。しかし1か月勉強してもカタカナを覚えることができず、とても苦労しました。そしてクラスでは定期的に語いのテストがありました。このテストでは100点満点中80点以上を取らないと居残りで語いをノートに書き写さないといけません。私はこのテストでいつも60点ぐらいしか取れず、順位は下の方で、教室で居残って語いを書き写していました。


 この送り出し機関で日本語の勉強を始めた当初は、勉強を頑張って続けたら日本に行けるという気持ちで、自分がクラスで下の方でも頑張って勉強していました。半年間勉強していたある日、送出し機関から「日本語能力試験N4に合格しないと日本へ行けない」という連絡がありました。今の日本語の勉強でもついていくのがやっとなのに、N4合格というさらに高い条件が課され、私には無理かもしれない…と思いました。しかし、みんなに追いつこう、そしてN4に合格しようと何とか頑張って勉強を続けました。たくさん勉強して、日本語能力試験も2回受験しましたが、N4にはなかなか合格できません。最後の3回目は、日本語能力試験ではなく、NAT-TESTのN4を受験して、やっと合格することができました。


 N4に合格したので日本へ行くための在留資格を申請しましたが、ずっと待っていても許可が下りず、待っている間は日本語の勉強を継続していました。ただ、このままいつ許可が下りるのかわからないまま勉強していてもモチベーションは下がっていくだろうと送出し機関は思ったのか、みんなでN3合格を目指して頑張って勉強することになりました。私はまたしても日本語能力試験を2回受験しましたが、2回とも不合格でした。クラスの3分の2はN3に合格できましたが、私は合格していない3分の1にいました。


 日本語の勉強を始めて1年が経ちました。このままここで勉強していても仕方がないのではとクラスのみんなが思い始め、一旦、勉強は中断しようというムードが広がっていました。勉強を中断したら、社会に出てアルバイトをしながら貯金して、日本へ行けないときのことを考えて経験を積もうと思い、2018年10月から2019年3月までの約5か月間、一度勉強は中断しました。この5か月間はアルバイトも忙しく、日本に行ける目途も立っていなかったので日本語の勉強は一切していませんでした。


寝る時間もあそぶ時間も全て犠牲にしてN2取得に専念


 2019年3月、やっと私の在留資格が下りました。私と同じタイミングで日本へ行くのは12名いましたが、そのうち9名はすでにN3に合格していて、N3を持っていないのは私も含めて3名しかいませんでした。私は5か月もの間、日本語を勉強していなかったので日本語のレベルはかなり落ちていて、おそらくN4よりも下のレベルだったと思います。ほとんどの人がN3を持っていて、恥ずかしいと思いました。


 技能実習介護は、他の技能実習の職種と違って、来日して1年以内にN3を取得しなければ帰国しなければなりません。今までN4も苦労して合格して、N3はチャレンジしましたが合格できませんでした。私は今の自分の日本語能力を考え、これから1年後までにN3に合格できるのかとても心配になりました。何か行動に移そうと決め、来日後、生活が落ち着いたら日本語の勉強を再開しました。


 1年後までにN3に合格しなければいけないのでN3の勉強をしていましたが、今まで2回受験していて、教材は何度も解いてしまったのでつまらなく感じました。この方法では勉強に飽きてしまうと感じたので、N3を受験せずに、N3を復習しながらN2の新しい文法や語いなどの知識も勉強もして、N2合格を目指そうと決めました。ベトナムにいたころとは違い、今回は「絶対に合格する」という気持ちを持ち、合格までの勉強のスケジュールを立てました。


 私の家から職場の介護施設までは片道1時間かかります。この通勤時間を使って自作のフラッシュカードを見たり、日本語の勉強の動画を見たりして勉強していました。また、来日して1か月間は組合で実習生向けの日本語の授業があったので、先生の説明を聞きながら新しい言葉をノートに書いて覚えました。


 ベトナムではあまり長距離を移動することがなかったので、日本に来て通勤が往復2時間、これが毎日だったのでとても疲れました。同じ実習生の人たちは、仕事から帰ったらすぐにシャワーを浴びたり、休んだり、家族とビデオ通話で話したりと自分の時間を過ごしていました。しかし私は、N2合格のために勉強しなければならないので、帰ってからも休むことなく勉強していました。


 一日の中で家で日本語を勉強する時間は、朝は5時から7時、そして帰宅してから夜9時から10時半までと決めて勉強していました。朝はみんなよりも早く起きて勉強し、仕事から帰ってきてからご飯を作って、みんなが寝てからも勉強、そして通勤時間も使って勉強していました。最初、平日頑張って勉強しているので、週末は少しゆっくり起きて、出かけたり、遊びに行ったりしてから勉強していました。勉強が進んできたので試しにN2の過去問を解いてみましたが、わからない文法が多すぎました。このまま平日の勉強だけでは間に合わず、週末も勉強しないといけないと思い、これから週末は少しゆっくり起きてもいいけれども、朝6時には起きて勉強を始め、遊びに行かずに集中して勉強することに決めました。


 仕事と勉強以外で、健康面で少し不調を抱えていました。介護の仕事では、おじいさんやおばあさんのお風呂の介助やベッドへ運ぶことがあるのでおじいさんやおばあさんを持ち上げないといけません。先輩たちはどの体制なら体や腰に負担が少ないか知っていますが、私は働き始めたばかりでわからず、自然に持ち上げていたら腰を痛めてしまいました。ちょうど日本で一番暑い時期に腰痛が発症してしまったのです。みんなと一緒に住んでいるので、朝や夜に勉強してもみんなの迷惑にならないように寝室にある机ではなく、リビングにあるローテーブルで勉強していたため腰痛は悪化しました。腰の痛みに耐えながら勉強するのも大変でした。


 介護の仕事を始めてから初めての夜勤のときのことです。夜勤は午後5時半から翌日の9時半までの16時間のシフトです。夜の時間はおじいさんもおばあさんも寝ているので、比較的時間があるから、その時間を使って日本語を勉強しようと思い、教科書をカバンに入れて出勤しました。しかし、そんなに夜勤は甘くありませんでした。夜もおむつ替えやおじいさんおばあさんの対応などで仕事が多く、本を開く間もなく朝を迎えました。夜勤のときはゆっくり勉強する暇はないとわかったので、次からは教科書を持っていくことはやめました。

 

 夜勤のときはいつもとシフトが違いますが、夜勤だからと言って日本語の勉強をしないわけにはいかないので、朝は5時に起きて昼の12時まで勉強し、少し寝て16時に起きて出勤。そして夜勤が終わって9時半頃に帰宅して寝てから夜には勉強をするというサイクルで夜勤の時も勉強のペースを保っていました。来日してから1日も休まずに日本語の勉強に励んでいました。


 N2で勉強した語いや文法は、仕事で生かされるので勉強のモチベーションになりました。来日したばかりの時はN4ぐらいの日本語能力だったので、実際の仕事での言葉の使い方や言葉を省略するような言い方などを知らず、先輩たちの会話で何を話しているのか全く分かりませんでした。しかしN2を勉強し始めると、言葉や文法の知識も増えたので、先輩たちの会話の内容がわかるようになり、仕事でも理解しやすくなったので、もっと勉強しようとモチベーションにつながりました。


 来日してから9か月間、N2の勉強をし、いよいよ日本語能力試験の試験日を迎えました。教材も何度も繰り返し解いて準備は万端でした。試験本番中、合格は無理かもしれないと思うぐらい問題が難しく、実はここ近年で一番難易度が高かったそうです。試験は終わりましたが、問題が難しく手ごたえがなかったので、結果が出る前に勉強を再開しました。N2の教材は3周したので、次はN1を勉強しようかなとも考えていました。


 いよいよ日本語能力試験の結果発表の日になりました。インターネットでは深夜0時に合格者が発表されます。ドキドキしてしまうのでその日は早く寝て、次の日に見ようと思いましたが、あまりにも待ちきれずに0時にアクセスしました。その結果、なんとN2に合格していたのです。


 N4には3回目で合格、N3には2回受験して結局合格できなかったので、自分で勉強してN2に合格できたことは本当に嬉しく、感動しました。今まで頑張って1日も休まず、睡眠時間も遊ぶ時間も削って勉強をしていた努力がやっと報われました。N2に合格したのでN1も頑張ったら合格できると新しい勉強の目標が生まれました。


N1に挑戦


 N4もN3もなかなか合格できなかったので自分自身に自信がありませんでした。また、学力もいつも真ん中だったので、こんな自分がN2に合格できたことが信じられませんでした。昔はN1合格は想像だにできませんでしたが、N2に絶対合格する気持ちで9か月間頑張って勉強したら合格できたので、N1合格もかなうかもしれないと思いました。N2に合格してN1を受験しようと思ったときは来日してまだ1年しか経っていなかったので、帰国するまでに受験のチャンスは4回あります。これなら頑張って勉強し続けたら合格できると思い、勉強のスケジュールを細かく立てて勉強をスタートしました。


 N1合格に向けた勉強のスケジュールは1日の行動も細かく決めていました。例えば、何時に起きて何時まで勉強して、家族に電話するのは何時と本当に細かく決めて、その通り行動しました。自分で勉強を始めて4か月後の2020年5月、Facebookを見ていたところ、SkypeでN1を勉強するベトナム人たちのグループに出会いました。今まで自分一人で勉強していましたが、一人で勉強しているとどうしても分からないところあり、日本語の説明を動画などで聞いてもよく理解できないことがあったので、同じベトナム人同士で話し合って勉強した方がわかりやすいと思い、参加しました。


 そのN1勉強グループの参加者はアルバイトや仕事で忙しい人が多いので、朝の5時から7時が勉強会の時間となりました。今まで一人でやっていた時は静かに机に向かえばいいので良かったのですが、グループでの勉強会はみんな話し合うので大きな声を出します。いっしょに住んでいる人はこの時間寝ているので声を出されると寝られない、迷惑だと言われてしまいました。このままグループでの勉強会も続けたいし、でも、家の中だと迷惑をかけてしまうと悩んだ末、家の外でギリギリwi-fiが届く場所に椅子を持って行って勉強することにしました。朝は寒い季節だったので布団を巻いて、パソコンがないのでスマホの充電をフルにして参加しました。


 一人で勉強していた時よりも、グループで勉強した方が勉強の進みは良かったです。1か月以上勉強を続け、いざ7月に受験だと思っていた矢先、2020年7月の日本語能力試験はコロナ禍のため中止という発表がありました。試験が中止になっても次の12月の試験に向けて勉強することもできますが、このグループの勉強会を続けるモチベーションは保てないという話になり、一度解散して9月頃に再度集まることになりました。私はみんなとの勉強で勉強が捗ったので解散はもったいない気持ちがありましたが、一人で勉強する日々に戻りました。


 その後、幸いにもFacebookでN1合格に向けて勉強している女性と知り合い、一緒に勉強することになりました。彼女はN1の試験を何度か受験したので、語いや文法などの知識は私よりもありました。私は知識がまだ足りず、わからないところが多かったので、彼女に教えてもらえるのが良かったです。また、彼女は知識はあるものの、計画性があまりなくて諦めてしまいがちなので、私が勉強のスケジュールを立てて2人で一緒に勉強することにしました。試験の前日まで一緒に勉強し、2020年12月に受験しました。そしてN1にも晴れて合格することができました。


メッセージ


 日本に来て2年が経ち、やっとN1合格にたどり着きました。日本に居られる期間は3年間しかないので、みんなは日本のいろいろな場所を観光したり、紅葉を見に行ったりしています。実は、私はまだ紅葉を見に行ったことがありません。日本語能力試験は7月と12月にあり、秋は勉強真っ最中だったので今は勉強に集中して、もし合格ができなければ、帰国する最後の年に見に行けばいいと考えていました。


 N1合格に向けて、みんなとのお出かけや遊び、パーティーも断っていました。また、Facbookもみんなのことが気になってしまうので更新していませんでした。目の前の目標に集中して努力していたこの時期は大変でしたが、私にとってはとても意味のあるものでした。


 来日してから自分で立てた目標を諦めてしまいそうになるときもありました。そんなときは、自分は他の人よりも本当に頑張っているのか、努力しているのかを自問自答して、勉強の気持ちにつなげていました。毎日、自分の楽しみや睡眠の時間を犠牲にして勉強するのは簡単ではありませんが、努力によって得られた成果は自分自身の将来につながります。勉強することは私たちの夢を叶える階段です。その階段を上っているときは、階段の先に何があるのかわからないので途中諦めそうになってしまうかもしれません。でも、頑張って上っていくと素晴らしい世界が見えると思います。その世界が見えるまで頑張りましょう。

東京、2021年5月