新しい国でチャレンジする

 2011年、ベトナムの国立建設大学卒業後、国営の建設会社に入社しました。そこで2年間働いた後、ハノイにある内装を手掛ける日系の建設会社に転職しました。そこでも2年間働いていたところ、ある日、兄の友人から日本の小さな内装リフォーム会社の施工管理職として働かないかと声をかけてもらいました。


 その会社は日本で暮らす兄の家から近く、ベトナムの会社よりも給料が高かったです。私は4年間、ベトナムで施工管理として働いていたので新しい国で新しいチャレンジをしようと思いました。日本語は大学生の時に3か月間勉強し、学校の授業などが忙しくなって途中で辞めてしまいました。そのオファーをもらった当時はほとんど日本語ができませんでしたが、新しい環境へチャレンジすることに迷いはありませんでした。


 内定を承諾し、来日するまで4か月しかないタイミングで、私は日本語の勉強を始めました。日本語センターを探し、日本へ行く前までにコミュニケーション力を鍛えて日常会話に困らないN3レベルまでは勉強しようと決めました。大学生時代に3か月間勉強していたので、日本語の復習をしたら覚えている部分もありました。また、先生の教え方も上手だったので日本語の勉強は順調に進んでいきました。私に教えてくれた先生は日本で技能実習生として働いていた人で、教えることに熱心で説明もわかりやすく親切な先生でした。私は短い期間で勉強しなければなりませんでしたが、楽しみながら勉強を進めることができました。先生のおかげで来日までわずか4カ月の期間で日本語のコミュニケーション力はかなり上達しました。


日本の建設会社で修業の日々

 私が来日して入社した会社は小さな内装のリフォーム会社でした。その会社は内装のリフォームのほか、モデルハウスを作ることもしていました。入社したとき、私以外にベトナム人実習生が3名いて、みんな施工現場で作業をしていました。私は施工管理だったので現場作業はありませんでしたが、みんなの仕事の様子を観察し、作業が指示通り進んでいるのかチェックしたり、実習生たちへ施工図の説明をベトナム語でしたりしていました。


 しかし、ただ観察したり指示出しするだけでは、ベトナム人実習生たちや日本人の職人さんたちから口だけ言う奴だと思われ、スムーズに作業が進まないと思いました。なので私は自分の仕事がひと段落したら一緒に現場で作業したり、現場の整理整頓や片づけなどもみんなと一緒にやりました。現場監督として、現場の一から十まですべての仕事を把握しないと日本人の職人さんやベトナム人実習生たちの前に立って仕事をすることはできません。そのために、小さなことかもしれませんが、現場のみんなと仕事を一緒にやることも心がけました。


 ベトナム人技能実習生以外はみんな日本人の職人さんたちです。来日当初は日本語レベルはまだN3相当で日常会話ぐらいしかできませんでした。電話で日本人職員と話していても言葉が足りず、自分の言いたいことが上手く伝わらないことがたくさんありました。また、電話の内容を現場にいる日本人に伝えないといけないときもなかなか上手く伝えることができませんでした。そして次第に、電話で上手く私に伝わらないときは一度電話を切って、私の上司へ連絡するようになりました。上司は私を怒ることはしませんでしたが、私がしっかり電話の内容を理解して伝えないといけないのにできないことの悔しさと上司の仕事を増やしている申し訳なさを感じていました。この苦手な電話をいきなり克服することはできませんが、少しでもできるようになるため、家に帰ってからどんな言葉を使ったらいいのか調べたり、相手へ伝える内容を整理したりするなど、たくさん勉強しました。最初の1年間、2年目の最初までは上手くいかないことが多くて大変でした。いつまでこんなことが続くのだろうか、いつになったら他の日本人の施工管理の人たちと同じように信頼してもらえるのだろうかと不安と葛藤の日々でした。


 施工管理の仕事には、職人さんたちを現場への送迎やあちこちへ行って材料を調達することもあります。車の運転は必須と言っても過言ではありません。幸いなことに、私はベトナムにいたときから車の運転をしていたので、日本に来て半年後には外免切り替えをし、日本の運転免許を取得しました。そのおかげで1年目の後半には、自分で職人さんたちの送迎や材料の調達ができるようになりました。次第に任される仕事の量や範囲が増えてきて、日本人と接する機会が増えて日本語を使う場面が多くなり、どんどん日本語が上達していきました。その結果、2年目の後半にはようやく自信をもって日本人の職員や職人さんたちと一緒に仕事をすることができるようになりました。


 このときの私の直属の上司はとても厳しい人で、何かトラブルや問題があるとすぐに大きな声で怒る人でした。私も何回か意見が食い違いぶつかることもありました。ただ、上司はとても経験豊富な方なので、上司の仕事ぶりを見て、施工管理の専門知識だけでなく、現場対応はなど上司から学んだ事が多いです。とくに現場でトラブルが発生した際、一つの方法だけでなく、いくつもの方法をいつも考えておくことの大切さについては勉強になりました。現場は急に状況が変わったり、突然トラブルが起きます。急な場面でもとっさに対応できるようにいつもいくつもの方法を考えておき、柔軟に対応することが大切だと学びました。上司を見て学び、6年間かけて現場対応のスキルを身につけました。このスキルは今の仕事でもとても役に立っています。


自分の施工チームと新しい夢を

 2021年7月、兄が安楽不動産株式会社という不動産会社を立ち上げたので、私は6年間働いていた会社を退職し、兄の会社へ転職しました。私は兄の会社で自分の施工チームを作り、在日ベトナム人のための住宅やお店、事務所などのリフォームをする仕事に就きました。


 自分でチームを作ろうと思ったきっかけは、よりお客さんと直接やり取りしたいと思ったからです。前職と同じ内装の施工管理ですが、前職ではお客さんは営業や他の窓口の担当者とで話し合いをし、すでにすり合わせてできたものを施工チームが作るという流れでした。つまり、ただ単に図面やスケジュール通りに作業を進めるだけで、完成後のお客さんの顔や反応は見ることができませんでした。もしベトナム人のお客さんならば、ただ単に図面をもらって作業をするだけではなく、お客さんと内装のアイディアや使う材料、見積もりなど、全部ヒアリングをした上でお客さんへアドバイスをします。そしてヒアリングを基に施工まで行い、完成後の引き渡しまでお客様といっしょです。プロジェクトが完成したあとにお客さんの反応が見えることで、自分の成果が目に見え、達成感があります。情熱ややりがいも以前よりも大きいです。


 ここ数年、日本在住のベトナム人コミュニティも拡大しています。今までは仕事探しやベトナムの食材の情報、おすすめの旅行先などの情報が多かったですが、最近では日本で住宅購入についてや、自分のお店や会社のリフォームなどの情報が増えてきており、ニーズが増えているように感じます。このベトナム人の住宅購入やリフォームのニーズに応じる日本の会社もありますが、ベトナム人の会社は少ないと思います。日本の会社にお店や自宅のリフォームを依頼する場合、もちろん日本語でやり取りしなければなりません。全員が全員、日本語がペラペラなわけではなく、言語の壁があります。実際にリフォームを検討しているベトナム人に話を聞いたところ、日本の会社に相談したときに自分の考えを上手く伝えられなかったり、専門用語も理解しづらかったりと、日本語で伝えるのは難しいと聞きました。


 また、施工が始まってから、お客さんから材料を変えたい、工期を早めてほしい、こんな風にしてほしいなど変更箇所が出てくることがあります。日本の会社の場合、現場の仕事は壁紙は内装業者、水道や配管は水道業者、電気系統は電気業者など分担されているので、施工が進んでいる途中で変更箇所があると、すべての関係者に連絡し、調整しなければなりません。その分、時間も費用も掛かってしまいます。しかしベトナム人の心境としては、変更箇所はすぐに対応してほしいのです。私はベトナムにいたときから変更の対応に慣れており、また、日本の会社の仕事のやり方もわかっているので、お客さんからの要望に柔軟に対応できるように水道や電気、内装などすべて対応できる施工チームを作りました。


 2021年6月頃、初めて喫茶店やお店、事務所などの施工の受注をいただきました。その中でも一番思い出は、つい最近2021年末にオープンした “Smile Cake&Cafe” というケーキとカフェのお店です。このお店のリフォームを任せていただきましたが、その際、オーナーから「昔のハノイを思い出せる喫茶店を作りたい」というご要望をいただきました。窓も椅子もすべてのものが昔のハノイの家を思い出せるようなものにして、そんな空間でケーキを食べたりドリンクを飲んだりできるようにしたいというものでした。


 私はオーナーの想いを実現させたいと思い、いろいろ材料を探し回りました。しかし昔のハノイの家にあるような窓は日本にはなかったので、私が材料やペンキなどをそろえて一から作りました。その他にもテーブルなどすべて自分で手作りし、ようやく完成しました。オーナーはもちろん、このお店に来るベトナム人やベトナムの文化を愛する日本人のお客さんたちも感動してくれ、写真をたくさん撮ってSNSに投稿していました。お客さんの顔が見えるからこそ、自分が施工した案件がこんなにも喜んでくれるのかと直接わかり、良い内装だねと声をかけていただくことができました。前職の仕事では味わえなかった喜び、感動が、新しいチャレンジをすることで味わうことができました。とてもやる気につながりました。

「昔のハノイを思い出せる喫茶店」を一から作り上げました

メッセ―ジ


 日本にいるベトナム人のコミュニティは大きくなっています。そして住宅やお店、事務所などのリフォームをしたいというニーズも増え、専門の業者を探す人も増えてきています。私は6年間、日本の建設会社で働き、施工のスキルや経験があるので、多くのベトナム人のお客さんにアプローチし、リフォームのお手伝いをしたいです。ベトナム語で要望を伝えることができ、いっしょにアイディアを考えるので、ベトナム人のみなさんも自分たちの夢を形にできると思います。

 私のように施工管理として来日したベトナム人エンジニアはたくさんいます。自分のいる会社で長く勤めてキャリアアップを考えている人や違う会社へ転職してキャリアアップを図る人も多いと思います。私は少しみなさんと違いますが、経験を積み、新しいチャレンジをすることで、新しいワクワクする仕事のチャンスもあります。どんな道でも良いので、皆さんも自分にとって最も進みやすいキャリアパスを進めるように、少しでも私の話から刺激を感じていただければ幸いです。


東京、2022年2月