ITの勉強はするけれどもコーディングは好きではない

私はベトナムの中部のゲアンの高校に通っていました。少し田舎だったので高校卒業後の進路指導はあまりされませんでした。なので、私も同級生たちも「あの大学が良いみたいだ」、「あの会社が良いらしい」といった周りからの噂で選んでいました。当時、ハノイ工科大学なら卒業後も就職しやすいから安泰だという評判がありました。就職しやすいなら工科大学に行こうと思い、頑張って勉強し、晴れて合格しました。


入学初日、大学のキャンパス内である先輩からHEDSPIのチラシをもらいました。HEDSPIとは、ハノイ工科大学のIT学生に日本語教育を行い、日本語ができる優れたITエンジニアを育成するプロジェクトで、正式には “Higher Education Development Support Project on ICT” と言います。このプログラムを受講すれば、ITの勉強以外に日本語の勉強もできるので一石二鳥だと思い、HEDSPIを受講することに決めました。


HEDSPIを受講している人たちの多くは、日本語は文法が難しくて勉強が大変だと言っていましたが、私は日本語の勉強が楽しくて仕方なかったです。勉強すればするほど日本語が面白い、もっと勉強したいと思うようになりました。一方で専門であるITの方は、コーディングがつまらなくて、勉強自体にもやる気がありませんでした。


今はITの仕事には営業やビジネスアナリストなどいろいろな道があるのだとわかりましたが、私が大学生だった当時はITといったらコーディングをする開発者としかイメージがありませんでした。私は人と話すことは好きでしただったのですが、コーディングはつまらなくて飽きてしまいました。途中、何度かIT専攻から違う分野に変えたほうがいいのではないかと思いましたが、両親が許してくれませんでした。私の大学時代は、日本語の勉強や課外活動、アルバイトには力を入れていましたが、ITの勉強は最低限しか頑張りませんでした。


私がやってきたアルバイトはすべて日本語、日本にまつわるものでした。最初のアルバイトは、ハノイにある日本語センターの日本語の先生でした。選んだきっかけは楽しそうだからという単純な理由でした。大学1年生、2年生のときは両親から仕送りなどをもらっていたのですが、自分でもアルバイトしようと思い、やるなら楽しそうなアルバイトがいいと思い、選んだのです。


日本語を教え始めると、たくさんの学生たちと話すチャンスが生まれ、みんなの仕事や人生について聞く機会が増えました。いろいろな人とのネットワークが広がっていき、みんなの話から自分の知識も視野も広がっていき、だんだんと教育は面白いと思うようになりました。


教え始めた当初は、先生として自分の知識をどうやったら生徒たちにわかりやすく教えることができるのかを調べたり、勉強したりしていました。しかし教えることに慣れてくると、教え方だけでなく、日本語センターのビジネスモデルや運営の仕方にも興味を持つようになりました。そして自分の勤めている日本語センターだけでなく、他の日本語センターはどんなビジネスモデルなのか、運営はどうなっているのか知りたくなり、2014年から2019年までいくつかのハノイにある有名な日本語センターで教えながら、それぞれのセンターの特徴などを学びました。


日本語センターの先生以外にも、大学最後の2年間は森ゼミの運営のアルバイトや立命館大学の広報宣伝のアルバイトもしていました。森ゼミとは、帝京大学の特任准教授である森吉弘氏がされている学舎『森ゼミ』のことです。ベトナムで毎年、越日学生会議(VJSC)とともに森先生は日本の企業で働きたいベトナム人を対象にビジネスマナーや日本企業の働き方を教えるワークショップ『森ゼミ』を行っていました。


私は2012年~2013年に森ゼミのワークショップで森先生に会ったことありましたが、2014年に日本語センターで教えているときに偶然、森先生にお会いしました。その際、お話ししたところ、森先生はベトナムで森ゼミを拡大したいと考えていました。また他にもベトナムで立命館大学の宣伝広報をしてくれる人を探しているのだとおっしゃっていました。たまたま違う機会でお会いしたのですが、これも何かの縁だと思い、先生は私に森ゼミの拡大と立命館大学の宣伝広報をしてくれないかというお話を引き受けました。


私は最初、ワークショップの準備や運営などを手伝っていましたが、拡大をしてほしいとお願いされてからはさらに力を入れて取り組みました。日本の企業のビジネスマナーや日本人の考え方や働き方、報告書の書き方、メールの書き方など、運営をしながらも自分自身、とても勉強になることばかりでした。


立命館大学の広報宣伝の仕事は、高校にアポイントを取って、高校生たちに大学の教育プログラムや環境を紹介したり、これから留学する学生たちへオンラインやオフラインのセミナーをしたり、パンフレットを作ったりするものでした。このアルバイトを通して、マーケティングや広報の経験ができただけでなく、自分の視野も広がり、さらには教育のビジネス戦略も知る機会になりました。そして何より、本の知識ではなく、実際に自分が体験したからこそ得られた知識、経験が、日本で営業やコンサルティングの仕事をするときにとても役に立ちました。


ITの仕事と言っても実は様々な選択肢がある

 大学卒業後はIT企業で働きながら、夜は日本語センターでアルバイトをしていました。2年が経ち、2019年頃から少し環境を変えたいとと思うようになりました。ベトナムではなく海外で生活して自分自身を成長させたいと思い、いくつかの国を考えましたが、日本に行くことに決めました。日本に決めた理由は、今まで日本語の勉強もしてきましたし、日本人との縁があったので決めました。日本へ行くための就活を始め、ベトナムで開催された日本企業のジョブフェアなど、さまざまなルートで就活していました。その結果、数社から内定をいただき、その中でも日本にあるベトナムIT企業に入社することに決めました。ポジションは開発ではなく、営業の仕事でした。


日本には立命館の広報宣伝の仕事で何度か出張したことがあったので、日本の文化や生活には慣れていました。なので、来日してから日本での新生活に慣れるのは早かったです。しかしその一方で、仕事にはなかなか慣れることができませんでした。


入社当初、会社の商品やサービスを覚えるところから始まりましたが、そもそも営業とはどういった手順で進めていくのか、お客様のヒアリングのやり方、お客様の課題を解決するために必要な資料はどうやって準備したらいいのか、何も知りませんでした。具体的に一つ一つ教えてくれるわけではなかったので、先輩に同行し、先輩のやり方を見て真似をして覚えるだけでした。しかし、このやり方では営業としての本質を理解できずにただ真似するだけなので、全然自分の実になりませんでした。どうしてその手順が必要なのか、なぜそのやり方が大切なのかわからず、しかも1つのやり方しか知らず、他のやり方はどうやったらいいのかもわかりません。私は迷宮に迷い込んでしまい、自分はどこに向かっているのか、次はどうしたらいいのかわからず、辛い日々でした。まさか日本語ではなく、営業のやり方で困るとは思いもよりませんでした。


お客様への提案書を作ることも辛かったです。毎回、資料作成に1週間、2週間もかかり、非常にストレスが多い仕事でした。私は、この提案書は何の目的なのか、お客さんに何をしてほしいのかまで意識ができず、ただ提案書を完成させることが目的となっていました。とりあえず完成させなければと、よくわからないまま作成した提案書や、先輩の提案書を参考に少し修正しただけの提案書しか作れませんでした。なかなか上手く行かず、自分は会社に何も貢献できていないと落ち込む日々でした。


あるとき、あるメンター社員と出会い、この出会いをきっかけに道が開けていきました。このメンター社員は大手外資系コンサルティング企業で働いた経験があるため、資料作成もプロでマインドセットも素晴らしい方でした。私はこのメンターさんに指導していただくうちに、自分のマインドセットもリセットできました。また、約半年間、メールや資料をチェックしていただきました。この文章はロジカル的に正しいか、相手に伝わるものかをフィードバックいただいたので、半年後にはソフトスキルが上達し、提案書作りなども上手く行くようになりました。


最初はいきなりITの営業となり大変なことが多かったですが、その後はビジネスアナリストやブリッジシステムエンジニア(BrSE)など、現場の仕事も経験を積みました。この経験を通じて、IT企業には様々なサービスの形態があることを知りました。オフショア開発や自社開発、他の企業からの受託開発といったサービス形態だけでなく、仕事においても様々なポジションがあることがわかりました。IT企業の中で働くことでよくわかりました。


また最初は普通のIT営業をしていましたが、ビジネスアナリストの仕事を任せてもらってから、ビジネスアナリストとはどんな仕事なのか、何が求められているのか、自分はこの仕事を通じて何を習得できるのかなどがわかりようになりました。様々な経験を通じて、IT企業で働くことのイメージがより明確になり、営業と言ってもいろいろな営業があることを知りました。


学生時代はIT企業の仕事はコーディング、開発しかないと思っていました。また、日本語などの言語はできてもコーディングが苦手な人はITコミュニケーターとして通訳する仕事しかないと思っていました。そして営業はひたすらお客さんにアポを取って会いに行く仕事だと思っていました。しかし実際に働いていく中で、IT企業にはビジネスアナリストやシステムエンジニア、コンサルタントなど、さまざまな方向性があることを知りました。そして2年間働く中で、自分がしたいことが見つかり、その夢をかなえるためには何を勉強すべきなのか、そして今の自分自身に何が足りないのかもわかりました。


私はコンサルタントとして働く夢が見つかりました。その夢をかなえるために2022年2月に外資系のIT企業に転職することになりました。その会社ではSAPのビジネスアナリストのポジションとして入社し、今後はコンサルタントを目指していくつもりです。そのために、今は頑張ってBAの仕事をやりながら簿記や経理などの勉強をし、まずはジュニアコンサルタントになりたいと考えています。そして3年後には知識も経験もある一人前のコンサルタントとして活躍したいと考えています。以前より自分は何がしたいのか、そのために何を準備しなければならないのか明確になったので、積極的に行動できていると感じています。


自分の経験を共有しネットワークづくりを

 日本の企業に就職する際、日本語の勉強グループや日本で働く人たちが集まっているグループなど、さまざまなコミュニティグループに参加していました。その人たちの投稿や体験を参考に就活をしていました。最近になってからまたそのグループを見てみると、昔、自分が悩んでいたことと同じような悩みを投稿している人がいました。たとえば、ITの仕事をしたいが日本語能力N2しか持っていないからどうしたらいいのか、今はITと違う仕事をしているがIT業界で働きたいなど、みんなかつても私と同じ悩みを抱えている人がいることを知り、みんなの何か役に立てないか考えました。私はコンテンツを書いてFacebookに投稿することも好きだったので、みんなの悩みに役立つIT関係のコンテンツを投稿しようと思いました。ITの仕事のことや何を勉強したらいいのかなど、自分の経験からコンテンツをまとめてグループに投稿しました。私の投稿を見てコメントをくれる人もいて、みんなの役に立てたことが嬉しかったです。


私自身、ITの営業やビジネスアナリストの経験から、最初にITの幅広い知識を身につけるために勉強するならITパスポートが良いと思いました。もちろん合格することが一番ですが、ITパスポートを勉強するなかで身につけた知識がIT業界で働く上では非常に役立つのです。なので、是非、これから勉強したい人にはITパスポートを勧めたいです。とくに文系学生でN1、N2を持っていて、IT企業で働きたい人にとってはITパスポートが一番いいと思います。これはIT業界への情熱や潜在的なアピールにもなります。


ITパスポートをもっと知ってもらいたい、勉強する人を増やしたいと考えたので、私はITパスポートを受験するグループを作り、講座を開きました。最初は1年間、ITパスポートの知識を教えるだけでなく、自分の経験談も織り交ぜながら、どうやったら短期間で効果的に勉強できるのかを話しました。この講座をやるにあたり、5年間ハノイで日本語を教えていた経験が指導や運営面で役立ちました。実際に私の講座に参加してくれた人の中で、3人の文系でしたが、人材サービスの会社からIT企業への転職できた人がいたり、日本にある大手ベトナムIT企業から内定をもらった留学生もいました。


この講座の良いところは、ただ単純に知識や経験を得るためではなく、多くの人とつながり、ネットワークが広がっていくところです。中には参加する前、資格の勉強は大変だ、自分には無理だとあきらめてしまう人もいますし、社会人は仕事後で疲れているし、時間が取れないから勉強が大変だと思っている人もいました。しかしそんな人たちも講座に参加すると懸念していたことがなくなり、どんどん勉強も頑張るようになります。これは成功の一つだと思っています。


このITパスポートの講座は1年間で終了しました。なぜ1年間で終了させたのかというと、ある程度みんなITパスポートの知識は習得でき、「ITパスポート」という名前も知る人が増えてきました。そしてすでに講座に参加した人が後輩に経験や知識をシェアすることもできるので、もう講座がなくても大丈夫だと思ったからです。そして次からはロジカルシンキングやロジカルライティング、クリティカルシンキングなどのソフトスキルを教える講座を考えています。日本語能力試験やITパスポートといった目に見える資格の取得はみんな一生懸命になります。一方、ロジカルシンキングなどのソフトスキルは目に見えないスキルですが、仕事をする上ではとても大切なスキルなので、私はこのスキルも身につけてもらいたいと思い、いろいろコンテンツを投稿して多くの人に知ってもらいたいと考えています。


メッセ―ジ


 何を勉強するにしても目標やビジョンが大切だと私は思っています。以前の私は最初、ITを勉強していましたが自分はどうなりたいのかわからなかったので長い間迷っていました。今では自分の目標に向けて何を勉強したらいいのか明確になったので気持ちも前向きになり、達成へのスピードも速くなりました。


これからの若いみなさんもたくさん情報を収集して、自分の視野を広げていけばビジョンは見つかります。自分の目標やビジョンが見つからない、視野が狭いと思ったら、いろいろなコミュニティに参加してみてください。そこで自分の目標となる先輩を見つけて、その人を目指すと良いと思います。


若いときはネットワークを広げてください。その縁で自分の人生を変える人に出会うチャンスがあります。私も越日学生会議(VJSC)に参加したから森先生に会うことができ、森ゼミや立命館の宣伝広報のアルバイトができました。素晴らしいメンターさんと出会えたから自分の仕事の道が開けたなど、チャンスがたくさんあります。今は目標ややりたいことが見つからなかったとしても、いろいろ参加してみると次第に見つかるでしょう。


東京、2022年4月