チャン・  ティ・フォン・タオ

Profile & Message

2001年 ハノイ大学 日本語学部 入学

2004年 名古屋大学の留学生として来日

2006年          ベトナム進出支援コンサルティング会社で経済・財務ニュース作成を担当

2007年          日本の大手商社に転職。1年間日本で就業後、ベトナム支店に異動

2011年          ベトナム進出支援コンサルティング会社の人材紹介部門に転職   

2015年    日系ブライダル会社へ転職 福岡の結婚式場でウェディングプランナーを経験後、ベトナムに帰国して、Jaly Kubraのブランド名で起業。

Jaly株式会社を設立し、日本からのファッション・化粧品・食品を取り扱う

 私たちは誰でも何か新しいことを勉強する時や、新しい仕事を求める時に一定の目標を持つと思います。しかし、目標へ進む道を明確にして、日々実現する意識がないといずれ仕事で多忙な日々にその目標は流され、知らないうちに忘れてしまうでしょう。そのため、自分が選んだ仕事に対して常に目標を設けて、日々の小さな蓄積が大きな目標へ向かうように取り組みましょう。

突然の決断

私はベトナムのクアンチ省で生まれ育ちましたが、高校生になった時、フエ国立高等学校に入学するためにフエへ一人で引っ越ししました。幼い頃からファッションが好きで、ファッション関連の会社を作る夢をずっと抱えていたので、夢を叶えるためにファッション関係の大学に進み、デッサンやデザインの勉強をしようと思っていました。

もし、大阪から来た日本人の学生との交流会が高校で行われていなかったら、日本に来る日はなかったでしょう。

その交流会で、日本人学生の礼儀正しさや、真面目な姿を見て日本に興味を持ちました。私もそのような姿勢を身に付けるために、いつか日本へ行って、日本の文化を調べたいと思いました。そして、ファッション関連の大学ではなく、日本語を勉強できる大学に入るために、その日から勉強する科目も変えました。

外国語大学に入学すると、日本政府の奨学金(MEXT)で、1年間日本で日本語の学習及び文化交流ができるという情報を知りました。交流会で好きになった日本の文化を自分の目で見て体験するチャンスを掴むため、日本語の勉強に力を入れました。努力した結果、3年生になった時に、1年間名古屋大学へ留学することができました。

1年間は長くはありませんでしたが、私にとって意味のある時間でした。日本の商品やサービスを通して、日本人の熱心さやおもてなしの心、仕事に対する責任感を体感することができました。1年間の留学期間が終了し、ベトナムに帰国しましたが、それらの体験を活かしていつか自分で事業をはじめたいと思いました。

一生懸命に努力

大学を卒業すると、日本へ進学や就職はせずに、ホーチミン市へ行きました。ホーチミン市は起業を目指す若者にとってはチャンスが多い場所だからです。また、今後ベトナム人と働く機会があった時に上手に対応できるようにベトナム企業でベトナム人の考え方を理解しようと考えていたので、ホーチミン市のコンサルティング会社に就職しました。

コンサルティング会社では、ベトナム進出を計画している日本企業向けの経済、財務ニュースを作る仕事を担当しました。締め切りに間に合わせるために夜遅くまで残って仕事をすることもあり大変でしたが、新しい知識を得ることができました。自分の限界を超えるために、若いうちに一生懸命働きたいと思っていたので、ストレスの多い環境も楽しく過ごすことができました。また、この仕事を通じて、日本の大手商社の人と知り合い、日本で働くことを誘われました。

商社への転職前、将来は独立して起業したいことを相談すると、転職先の会社は承諾してくれ、起業する際に必要なサプライチェーンを習得するチャンスを掴みました。2008年に大阪本社に入社し、マーチャンダイザーとしてサプライチェーンを担当しました。

起業のため経験を積む

会社は、アパレル、エネルギー、機械、建設、食品など色々なモノを扱っており、仕事の範囲は広く負担も大きかったです。品質と納期を守ることはとても重要で、毎日朝早く出社し、帰りは24時頃に会社を出ることも多かったです。また、納期を守るため、緊急事態には、自ら現場へ行き検品することもありました。

日本に来て間もない上に仕事の負担も大きく、とてもストレスが多かったですが、若いうちは失敗やストレスが多くても経験を積むことが大事と考え、何とか乗り越えることができました。前職のコンサルティング会社でも多忙な日々を経験していたこともその時に活かされたと思います。

また、将来起業した際に必要なサプライチェーンを習得するために入社したので、与えられた仕事をこなすだけではなく、些細なことでも今後役に立つような仕事のコツを覚えるようにしました。そして、1年後にはベトナム支店移り、その後そこで3年間働きました。

ベトナム支店で働いている時に、前職のコンサルティング会社から人材紹介事業の仕事に誘われました。人材紹介の経験はありませんでしたが、起業には欠かせない人事の知識を身に付けるため、その仕事にチャレンジしようと決めました。コンサルティング会社へ戻り、3年間マネージャーとして働きました。この3年間では、沢山の求職者と接する機会があり、起業した際の採用活動に活かすことができると思いました。

挑戦の第一歩

日本でもベトナムでも多忙な生活をおくっていましたが、子供ができたことで、その多忙な時期は一旦終わりを迎えました。それまで常に忙しく働いていたので、産休で家にいると自分が必要とされていない気持ちになりましたが、そんな気分を変えるために何かやろうと思いました。そして、ベトナム人は日本製品に高い関心を持っているので、今後の起業の第一歩として、日本の衣服や化粧品をFacebookで販売することにしました。

通販をはじめた当所、お客さんとの接し方が一番大切だと思い、広告や営業だけでなく、お客さんと話しをして、お客さんの考え方やライフスタイルやニーズを把握した上で、お客さんにとって適切な商品を紹介することに取組みました。

化粧品を1つ買ったお客さんと1日話しをしたこともあります。お客さんと話しをすることで、お客さんの心理やニーズが分かるようになりました。そして、1年後の運営が安定してきた頃にホーチミン市に第一店舗を開業することを決めました。

心からのサービスを提供

ホーチミン市にオープンした店舗も軌道に乗ってきた頃、ある人材会社から日本のブライダル会社のマネージャー候補の求人を進められました。まだ子供が小さかったので、応募することに悩みましたが、事業のサービス向上やイベント運営を学ぶために応募しました。ホーチミン市の店舗は家族やスタッフに任せて、世界一のおもてなしがある日本でのサービスに関する色々な新しい知識を身に付けようと思いました。

福岡の結婚式場で1年間働きましたが、親切やおもてなしで高評価を受けている日本のサービスは、毎日激しく訓練している結果だと分かりました。マネージャー候補として採用されましたが、お客さんの靴の汚れを拭いたり、色々なご案内をしたり、数百キロ離れているお客様に衣装を届けたり、様々な細やかな作業をやらせてもらい、サービスの本質を勉強しました。

いつも積極的に考えようと思っていますが、単純で細かい仕事をしている時や、仕事中に注意されたりすると、この仕事は自分には合っていないと思ってしまいました。しかし、そのような細かいことを自分で体験していくと、小さな仕事であっても、お客さんには大きな影響を与えることを理解しました。ある日、結婚式を挙げたお客さんから、サービスに対するお礼の手紙をもらった時には、嬉しくて涙が出ました。そして、お客さんや同僚のために、心のこもった良いことをすると、いつか理解してくれることに気付きました。それは、日本人の商品やサービスの基本的な価値観であり、ベトナムに持って帰り活かしたいものでした。

起業

1年間福岡で働いた後、自分の事業を完成させるため、ベトナムに帰国しました。

当時、お店の営業も安定しており、起業に必要な経験も揃ったので、「Jaly Kubra」という会社を開業し、「日本の商品のみならず日本的な品質の高いサービスをベトナム顧客に提供する」という経営理念を設けました。

ベトナム企業と日本企業で働いた経験があるので、ベトナム式と日本式のビジネス文化を合わせる事にしました。仕事に真面目でルールを守る日本人に対して、ベトナム人はやる気がある時は熱心に仕事をするなど、気分に左右される傾向があります。管理職として、日本のビジネスマナーに沿って指導すると、職場での上司と部下の関係が良くないものになると考えました。そこで、帰国後の2年間は経営者の考え方や営業管理、人材教育に関するコミュニケーションを学ぶことに時間に費やしました。

人材育成は会社の発展には欠かせず、人材が発展すればするほど自社の組織や社会に貢献できるようになると考えています。現在、「Jaly Kubra」の業績は伸びていますが、熱心に新しい知識を覚え、同僚に共有する精神を持っているスタッフの協力のおかげで、会社組織は完成する段階に入りました。数年後には、日本の商品やサービスに興味を持っているたくさんのベトナム人に知って頂けるようなブランドに拡大する目標を持っています。自国のサービス産業の発展に少しでも貢献したく、多くの女性がもっと綺麗・健康・教養・幸福のある人になれるように手助けしたいです。

今後の長い道には困難なことが沢山あると思いますが、いつでも新しい知識を学ぶ精神を持っていたら、きっと目標を達成する日が来ると信じています。

メッセージ

日本語の勉強を決め、日本の素晴らしいサービスをベトナムに持って帰りたいという夢を抱いた時から15年が経ちました。その間、様々な職業を経験しましたが、選んだ仕事の全てにその後の起業のために経験を積むという共通の目的があり、仕事をするうえで常に何を学べるかを意識していました。そのおかげで、起業した際の会社運営に非常に役に立ちました。

私たちは誰でも何か新しいことを勉強する時や、新しい仕事を求める時に一定の目標を持つと思います。しかし、目標へ進む道を明確にして、日々実現する意識がないといずれ仕事で多忙な日々にその目標は流され、知らないうちに忘れてしまうでしょう。そのため、自分が選んだ仕事に対して常に目標を設けて、日々の小さな蓄積が大きな目標へ向かうように取り組みましょう。

ホーチミン、2016年12月