ファム・トゥー・チャン

PHAM THU TRANG

Profile & Message

2008年 家族滞在として来日

2010年     双子を妊娠してベトナムへ帰国、出産準備

2011年      双子の女の子を出産

2012年    子供たちとともに日本へ戻り、ベトナム語を教え始める

2014年         子供たちを保育園へ行かせる

外国で子育てをするとなると、お父さんやお母さんたちは自分の国の言葉や文化を身に付けて欲しいという気持ちがあると思いますが、言葉や文化は自然に身に付くものではありません。お父さんやお母さんたちが根気よく子供に寄り添い、教えることが大切です。海外に住んでいてもベトナムの言葉や文化は工夫次第で身に付けることができるのです。

大事な決断

10年前、結婚して1年のときに私は家族滞在として来日しました。最初の5か月間は自宅で日本語を勉強し、その後、夫の会社でアルバイトを始めました。そして、その1年半後には、双子を妊娠していることがわかりました。日本で2人の赤ちゃんを育てることは大変なので、私は妊娠6か月のときにベトナムへ帰国しました。子どもが生まれてからは、祖父母に子育てを手伝ってもらい、子どもたちが1歳半になったときに子どもたちと日本へ戻ってきました。そこから日本でどうやってベトナム語とベトナム文化を教えるのか模索する日々が始まりました。

結婚したばかりの時、夫が日本在住のとあるベトナム人の話を聞きました。その人は、多くの人が考えるように、日本にいても家庭内ではベトナム語を話していれば、自然と子どもはベトナム語やベトナム文化を身につけることができると思っていたので、特別にベトナム語や文化を教えていなかったそうです。そしてその子が中学生になった時には、ベトナム語が全く分からず、ベトナム人としてのアイデンティティも薄くなっていました。ある日、その子が中学校の友達と一緒に家へ帰っている時の出来事です。その子は友達にベトナム人の父親を見せたくないと思い、偶然道で会った父へ挨拶をせずに、避けてしまったのです。夫はその話を聞き、ひどくショックを受けました。私たち夫婦はその子のようになってしまうのは悲しいことだと思い、子どもが小さいときからベトナム語やベトナム文化を教えようと決めました。

 日本へ戻って来た当初は、すぐに子どもたちを保育園へ預け、家計を助けるためにも前の職場でアルバイトをしようと考えていました。しかし、日本で生活していく中で、保育園へ預けることを思い直しました。その理由は、ベトナムにいたときは祖父母がベトナム語で話しかけてくれていたので、ベトナム語やベトナム文化に触れる機会が多くありました。けれども日本に戻ってきてからは、ベトナム語に触れる機会が少なくなり、もし保育園へ預けると、子どもたちは保育園では日本語、家ではベトナム語を使うことになります。そうなると、どうしても日本語の比重が多くなるので、まずはベトナム語をしっかり覚えてから、日本語に触れる機会を増やしていこうと、夫婦で話し合い、子どもたちが3歳になってから預けることに決めました。

身の回りのことから学ぶ

子育てと家事だけの生活では、アルバイトや外との交流ができず、とても退屈だと思う人が多いと思いますが、私は子どもたちと遊びながらベトナム語を教えたり、市役所の無料の遊び場や、ショッピングモールのイベント、近所のお祭りなどに参加したりと、とても充実した毎日を過ごしていました。家で子どもたちと引き篭っているのではなく、積極的に子どもたちと散歩に出かけ、地域のコミュニティにも参加していました。日本に戻ったときは自動車の運転免許を持っていなかったため、自転車やベビーカーに子どもたちを乗せていろいろな場所へ出かけました。山梨は坂道が多く、私は1人で2人の子どもと荷物を持っていたので、道行く人たちから大変そうだと言われましたが、できる限り出かけました。保育園に行かなくてもいろいろなところへ出かけたので、子どもたちは他の子どもたちと交流し、新しいことを学んでいました。私も出かけることで寂しさがまぎれ、気分転換になりました。


そして、散歩や食事などの日常生活の中で、たくさんベトナム語で話しかけることを心掛けていました。毎日、毎日、限られた時間でもなるべく多くの言葉で話しかけていました。しかし、日常の会話だけでは言葉の数はどうしても足りません。そこでインターネットなどで子どもが覚えやすい詩を探して読んであげたり、しりとりをしたりと遊びながら言葉の数を増やす工夫をしました。その他にもベトナムの文化を知ってもらうため、旧正月やお祭りが近づくと、子どもたちと一緒につくった飾り物を飾り、アオザイを着て、ベトナムの文化に触れる機会を積極的に作りました。そして文化を体感しながら、その意味も説明しました。毎年、ベトナムのお祭りやお祝いを行っていたので、子どもたちも文化に慣れ親しみ、その時期が近づいてくると子どもたちから、「そろそろお祝いの日だね」と言ってくるようになりました。

違いに向き合い、受け入れる

日本に戻ってきてからの2年間はあっという間でした。その間、1日中ずっとベトナム語で子どもたちに話しかけていました。そのおかげで、3歳になった時にはベトナムで育った子と同じくらい上手にベトナム語を話すことができていたので、私たちは安心して子供たちを保育園へ預けることにしました。

日本語が分からない子どもたちは入園してから最初の2か月間、先生や他の子どもたちが何を話しているのか理解できませんでした。しかし、小さい子ども同士は言葉が分からなくてもコミュニケーションを取ることができ、また言葉を覚えるのも早いので、2か月後には少しずつですが日本語を覚え、先生や友達と話すことができるようになっていきました。小さい子は環境に慣れることや覚えることが早く、友達ともすぐに仲良くなることができるので、お父さん、お母さんは心配しなくても大丈夫です。


保育園へ通うようになってからは、日本語が話せるようになり、ベトナム語よりも日本語が上手になっていきました。そしていつの間にか、少し考えないとベトナム語で話すことができず、家の中でもつい日本語で話してしまうことが何度かありました。私たちは、ベトナム人相手にはベトナム語で話すといった意識を持って欲しいと思い、家ではベトナム語で話すことを徹底しました。

保育園に通うようになり日本人の友達ができ、ベトナム語に触れる時間が以前よりも減りました。そして、子どもたちは日本人の友達と自分たちとの違いに気づき始めました。なぜ家ではベトナム語で話し、保育園では日本語で話さないといけないのか?自分たちはなぜ友達と違うのか?異文化の中で暮らす多くの子どもたちは、家と学校では違う役割を演じることや自分と他の人との違いに戸惑うといった壁にぶつかります。そして他人との違いを隠したくなり、家族から母国語で話しかけられても返事をしないこともあります。


私たちの子どもたちにもその出来事が起こりました。小学校が終わり、いつものように私が車で迎えに行ったときのことでした。いつもベトナム語で挨拶をしていますが、ちょうど近くに友達がいました。子どもたちはベトナム語の挨拶に返事をせずに車に乗り込み、友達が離れてから返事をしてきたのです。私はその時、以前、夫が話していた中学生の子の話を思い出し、とても悲しくなりました。

その当時、子どもたちはベトナム語と日本語の両方を話さないといけないことや、他の子たちとの違いに悩んでいました。私たちは子どもたちの悩みは痛いぐらい分かりましたが、ベトナム人としてのアイデンティティを失って欲しくなかったので、家の中でも日本語を使うという選択肢は選びませんでした。そして、ここで子どもたちとしっかり話し合い、乗り越えないとまた同じ事が起こると考え、ベトナム人として生活することの大切さや日本語とベトナム語の2か国語を話すことができることのメリット、実際にお父さんとお母さんもベトナム語と日本語ができるから生活や仕事ができていて、頑張れば将来の仕事に活かすことができるなど、良い面を伝えました。これは一度ではなく、子どもたちが悩んでいるときには何度も何度も納得できるまで辛抱強く説明しました。

また、休日には子どもたちをベトナム人同士のキャンプに連れて行きました。他の家族と一緒に過ごし、ベトナム人の友達と遊ぶことで、他の人たちも自分たちと同じように感じていることを子供たちは理解し、悩みが少しずつ小さくなっていったようです。


私たちは子どもたちの悩みや不安に対し、なおざりにするのではなく、何度も向き合い、話し合ってきたので、子どもたちは壁を乗り越えることができました。今では、自分たちは他の人と違っていることも隠すことをせず、ベトナム語と日本語の2か国語を話すことができることの誇りを持つようになりました。

子どもたちはiPadでベトナムの子ども向け教育番組を見て、ベトナムでの生活や自然な会話表現を覚えています。iPadは子どもたちにとって面白い機械なので、楽しみながらベトナム語を学習でき、ビデオの内容が分かるようになってくると、子どもたちは学習が面白くなり、モチベーションがさらに上がっています。

子どもたち2人が小学校1年生に上がってからは、話すことだけでなく、ベトナム語の読み書きの練習もスタートしました。時々、ベトナム語の勉強が難しく、子どもたちは2つも言語を勉強したくないと言うこともありました。私たちはそんな時も叱るのではなく、なぜ勉強するのか、勉強するとどんな良いことがあるのか、将来のことも含め説明し、励ましています。

メッセージ

5年間の月日が経ち、子どもたちは7歳になりました。今では小学校の勉強だけでなく、ベトナム語の読み書きも十分できます。子どもたちはベトナム語で文章を読むことや、話すこと、歌を歌うことも好きです。ベトナム人に会うとベトナム語で挨拶をする意識も芽生えてきました。

私は、子どもたちが大きくなってきたので、職場に復帰しました。仕事をやりつつ、家では家事やベトナム語の勉強を引き続き行っています。外国で子育てをするとなると、お父さんやお母さんたちは自分の国の言葉や文化を身に付けて欲しいという気持ちがあると思いますが、言葉や文化は自然に身に付くものではありません。お父さんやお母さんたちが根気よく子供に寄り添い、教えることが大切です。私の経験や壁の乗り越え方を知ってもらうことで、皆さんの良いモチベーションになればと思っています。海外に住んでいてもベトナムの言葉や文化は工夫次第で身に付けることができるのです。

山梨、2018年4月