日本でキャリアが軌道に乗ったときに帰国し、「やり直し」を引き受けた人
クインさんの物語が、家族の出来事をきっかけに人生の方向が変わることを考えさせるものだとすれば、Voice of Asean Sempai Vol 115 のズオン・リンさんの物語は、また別の迷いを映し出しています。
それは、日本でしっかりと築いてきたキャリアを手放し、ベトナムへ戻って、ほとんどゼロからやり直すことへの迷いです。
ズオン・リンさんは、日本で10年間暮らし、働いてきました。最初は九州、とくに長崎県佐世保での日々が長く、穏やかなその土地で7年を過ごしたのち、より活気ある環境で自分の可能性を試したいと考え、東京への転職を決意します。
東京では専門学校に採用され、日本人にベトナム語を教える講師として働き始めました。その後は別校舎で日越通訳翻訳も担当するようになり、教育の現場で着実に自分の役割を広げていきます。専門分野を教えるだけでなく、学生募集や学科の基盤づくりにも少しずつ関わるようになり、2年目には4クラス分の学生を集めるまでになっていました。
ここまでくると、もはや「なんとか踏ん張っている段階」ではありません。日本で、自分の力でキャリアを伸ばし、確かな手応えをつかんでいた時期だったと言えるでしょう。
だからこそ、2019年に家族の事情でベトナムへ戻る決断は、彼女にとってとても重いものでした。行き詰まったからではない。居場所がなかったからでもない。むしろ、仕事がまさに伸びていく途中であり、日本という国そのものへの思い入れもすでに深くなっていた。そのタイミングで離れるということが、どれほど難しいことだったかは想像に難くありません。
帰国後、ズオン・リンさんは、東京で築いたものに見合うポジションへすぐに入れたわけではありませんでした。ホーチミン市での生活について、彼女は「ショックだった」と語っています。変化のスピードが速いこと、若いベトナム人たちが驚くほどエネルギッシュであること、そして自分には日本語や日本人と働いた経験、日本文化への理解はあっても、それ以外に学び直さなければならないことがまだ多くあると気づかされたこと――。そうした現実を前に、最初の時期はフリーで教える仕事をしながら、暮らしになじみ、周囲を観察する時間を取ったそうです。
その後の2年間で、彼女は3回転職を経験します。BPO、留学コンサルティング、社内広報、テクノロジー企業でのマーケティング、さらに通訳やバイリンガルMCなど、さまざまな仕事を経て、最終的にHaio Educationで教育部門のディレクターという立場に落ち着きました。
ズオン・リンさんの話から感じ取れるのは、帰国という選択に伴う現実の重さです。ベトナムへ戻ることが、いつも日本にいるより楽だとは限らない。むしろ、規律ある職場環境や明確なシステム、自分なりに築いた立ち位置に慣れていたからこそ、ベトナムに戻ったときに空白感や息切れのようなものを強く感じることもあるのだと思います。
けれど同時に、彼女の歩みはもうひとつのことも教えてくれます。帰国すれば、少なからず「最初からやり直す」ような感覚は避けられないかもしれない。それでも、揺れの大きい時期を辛抱強く通り抜けることができれば、自分なりの新しいリズム、新しい立ち位置を見つけ直すことはできるのだということです。