VOICE OF ASEAN SEMPAI:特別編2
日本で働くということ|誰もが通る、迷いと戸惑いの先にある成長
VOICE OF ASEAN SEMPAI:特別編2
日本で働くということ|誰もが通る、迷いと戸惑いの先にある成長
毎年、4月が近づくこの時期になると、学生時代とはまったく違う扉の前に立つ後輩たちの姿が思い浮かびます。
日本で社会人としての生活が、いよいよ始まるということです。この節目を心待ちにしている人も多いでしょう。
長いあいだ準備してきたステージに、いよいよ自分も踏み出せる。そんな期待に胸がふくらむ一方で、少なからず不安を抱えている人もいるのではないでしょうか。
日本の会社という環境は、自分に本当に合っているのだろうか。
周りのペースについていけるだろうか。
学校では学ばなかったことに直面したとき、自分はちゃんと踏ん張れるだろうか。
今月の特別編では、これまでVOICE OF ASEAN SEMPAIに登場してくれた3人の先輩たちの「日本で働き始めた頃」の物語を、改めてご紹介したいと思います。
仕事の中で迷いを感じた人。
ごく小さな仕事からのスタートに、悔しさやもどかしさを覚えた人。
学んできたことと、自分が本当に進みたい道の間で揺れた人。
しかし、そうした時間こそが、あとから振り返れば、自分を支える土台になっていたのです。
今回の記事が、これから社会人としての一歩を踏み出す皆さんの心を、少しでも軽くするきっかけになれば嬉しく思います。
仕事の中で成長していく過程で、誰もが一度は戸惑い、迷い、自信をなくす時期を通るのだと思います。
【Lê Ngọc Huyềnさん】
仕事に飲み込まれそうだった日々を越えて、自分の足で実績をつくれるようになるまで
これから社会人になる後輩たちが、「もしかしたら自分もこうなるかもしれない」と一番自分を重ねやすいのは、Lê Ngọc Huyềnさんの体験談かもしれません。
Huyềnさんは、MEXTの奨学金で来日し、横浜国立大学で学び、学生時代からVYSA Kantoでも活動していました。
そこでは、勉強だけでなく、企業とのやり取りや電話対応、ビジネスメールの作成、スポンサーとの面会や関係づくりなど、社会人に近い経験を多くしてきました。
当時は「課外活動」の一つだったそれらの経験が、のちに仕事の場面で大きく自分を支えてくれることになります。
日本企業で営業職として働き始めてからは、多くの外国人が直面する壁に、Huyềnさんも次々とぶつかりました。
会議では日本語のスピードについていけない。専門用語が分からない。略語にも慣れていない。議事録を書くのにも一苦労で、事務仕事は次から次へと増えていく。
1年目は、辛うじて先輩に支えられながら進めることができました。しかし2年目に入り、前任者の仕事をほぼ丸ごと引き継ぐことになってから、状況は一変します。
次々と届く顧客からのメール、急ぎの見積もり依頼、社内で重なるトラブル。
夜遅くなっても会社を出られず、息つく間もなく、仕事に押し流されていくような日々が続きました。
「もう少し何かが重なったら、たぶん自分は耐えられない」
そんなところまで追い込まれたこともあったそうです。
仕事帰りの電車の中で涙が止まらなかった日もあれば、月曜日の朝が来るたびに「もう辞めたい」と思ったこともあったといいます。
それでもHuyềnさんは立ち止まり、自分の苦しさの原因を少しずつ紐解いていきました。つらさのすべてが、「自分の力不足」から来ていたわけではなかったのです。
むしろ新人のうちは、仕事そのものよりも、何を優先すべきかが分からないこと、今すぐやるべきことと後回しにできることの区別がつかないこと、そして自分の感情を仕事に持ち込み過ぎてしまうことが、自分をいっそう苦しくしていたのだと気づいていきます。
工場の担当者と、あるトラブルをきっかけに激しく言い合いになってしまったとき、上司からかけられた言葉が、今でも強く心に残っているそうです。
問題が起きたとき、真っ先に大事なのは「誰が悪いのか」を探して責めることではない。
次に同じことが起きたときに備えて、自分で対策を考え、準備しておけるようになることのほうが大切なのだ、と。
その言葉をきっかけに、Huyềnさんはリスクを見越して動くこと、感情に流されすぎず冷静に対処することを学び始めました。
そうして少しずつ、仕事に押しつぶされそうだった自分から、仕事の中で自分の軸を持てる自分へと変わっていきます。
もともと難しいとされていた顧客にも粘り強く向き合い、情報提供を重ね、誠実で信頼できる存在として関係を築いていった結果、自社製品のシェア拡大にも大きく貢献できるようになりました。
Huyềnさんのお話を通して、皆さんにも感じてほしいことがあります。
日本で働き始めた最初の1年は、本当に大変なことが多いかもしれません。
しかし、今は自分には重すぎると思えることも、数年後に振り返ったときには、自分を育ててくれた大切な時間だったと思えるようになるかもしれません。
【Đoàn Lê Hải Ngọcさん】
小さな体験が、長く続く道の入り口になることもある
Đoàn Lê Hải Ngọcさんの体験談からは、また少し違った印象を受けます。
というのも、彼女の歩みを見ていると、仕事との出会いは必ずしも「きれいに考え抜かれた計画」から始まるものではなく、学生時代の体験をきっかけに始まることもあるからです。
Ngọcさんは幼いころから日本と縁があり、後に、明治大学で国際関係を学び、東京大学大学院へと進みました。
そんな彼女が都市計画の仕事に強く惹かれるようになったきっかけは、学校での学びだけではありませんでした。
2011年3月の東日本大震災のあと、被災地である宮城県で参加したボランティア活動がその原点になっています。
現地で瓦礫の片づけや復興支援に関わる中で、Ngọcさんたちは、地域の子どもたちが「遊べる場所」を失っていることに気づきます。津波で公園が壊れ、子どもたちには安心して遊べる場所がなくなっていたのです。そこで学生たちは、地域の人たちや自治体と協力しながら、小さな公園をつくり直すことにしました。
完成後、人々が再び集まり、会話を交わし、子どもたちが遊ぶ姿を見たとき、Ngọcさんは「自分が関わりたいのはこういう仕事だ」と感じたそうです。
建物をつくることだけではなく、人が安心して集まり、心を支え合える場所を生み出すこと。都市づくりには、そうした意味があるのだと実感した瞬間でした。
その後、鉄道会社に入社したNgọcさんには、ベトナム語や自分のバックグラウンドを生かし、ベトナム関連の仕事に進むという道もありました。しかし彼女は、もっと根本から仕事を学ぶために、あえて厳しい道を選びます。
入社後の研修では、グループ会社や駅の現場で働き、現場の運営を理解していくところから始まりました。乗客対応、切符に関するトラブルの処理、人目につかない裏方の仕事まで、幅広い業務を担いました。
お客様が自分を外国人だと分かった途端に、話すこと自体を拒まれることもあったといいます。
しかし、その経験があったからこそ、学校では学べない多くのことを身につけることができたのだと思います。
仕事がどのように動いているのか。システムはどう支えられているのか。そして、実際にそのサービスを使う人が何を求めているのか。
一見地味に見える経験が、その後の仕事の土台をつくっていきました。
本社に戻り、再開発の大きなプロジェクトに配属されてからは、まったく違う景色が広がっていました。そこには、多くの利害関係者がいて、数多くの交渉があり、ひとつの決定の裏にもいくつもの調整が重なっています。
この仕事で必要なのは、自分の担当業務をこなすことだけではありません。一人ひとりの関係者に会い、表では言えない本音にも耳を傾け、それぞれの立場を理解しながら、皆が同じテーブルにつける道を探していくことでした。
Ngọcさんのお話から学べることのひとつは、目の前だけを見ない姿勢です。
会社として、すべてを思い通りに進められるわけではない。小さなことをいくつか譲ってでも、もっと先の大きなものを守らなければならない場面もあります。
日本で働くということは、ときに「自分が正しい」と証明し続けることではなく、もっと先にあるものを見据えて動くことでもあるのだと感じさせられます。
Ngọcさんの物語を読むと、遠回りに見える時間の意味を改めて考えさせられます。
一見、時間がかかっているように見える道こそが、実は自分を本当に必要な場所へと静かに導いてくれているのかもしれません。
【Nguyễn Minh Khôiさん】
コードを書くことだけが、ITの道ではなかった
最初の2つの体験談が、「仕事の中で踏ん張りながら育っていくこと」を感じさせるものだとすれば、Nguyễn Minh Khôiさんの体験談は、「自分に合う道とは何か」を模索している人にとって、より身近に感じられるものかもしれません。
Khôiさんは、Bách Khoa大学のHEDSPIプログラムで学んでいました。周りから見れば、ITの道をまっすぐ進んでいくように見えたはずです。しかし本人は、学べば学ぶほど、自分はコードを書くことにあまり向いていないのではないかと感じるようになっていきました。その一方で、日本語を学ぶことには自然と楽しさを感じ、学べば学ぶほど惹かれていったといいます。
別の角度から見れば、それは「本筋から外れている」ように見えたかもしれません。しかし今振り返ると、その違和感こそが、自分に合うものを教えてくれていたのだと分かるのです。
大学時代、Khôiさんはコードに没頭する代わりに、日本語に関わるさまざまな活動に時間を使ってきました。日本語学校の教師をしたり、立命館大学の広報活動に携わったり、森ゼミのような活動に参加したりしました。その中で、伝える力、場をまとめる力、人と繋がる力を少しずつ身につけていきました。
当時はそれがどんな仕事に繋がるのか、まだはっきり見えていなかったかもしれません。しかし後になって、それらの経験は確かな「自分の強み」になっていきました。
来日してIT営業として働き始めてからも、順風満帆であったわけではありません。
営業の仕事は何をどう進めればいいのか分からず、なぜその順序でやるのかも腑に落ちませんでした。提案資料もまとまらず、顧客のために準備をしても「これでいいのだろうか」と自信が持てませんでした。Khôiさんは当時の気持ちを、「迷路の中を歩いているようだった」と振り返っています。
きっと、これは多くの新社会人が一度は感じることではないでしょうか。仕事はしているけれど、自分が本当に価値を生み出せているのかが分からない。その感覚は、思っている以上に人を不安にさせます。
そんな時期に、Khôiさんは良いメンターと出会いました。資料の作り方、メールの書き方、考え方そのものまで、丁寧に見てもらえる環境に恵まれたことは、自分にとってとても大きかったそうです。そこから彼は、目の前の業務だけでなく、IT業界全体の構造も少しずつ見えるようになっていきました。
ITを学んだからといって、コードを書くことだけが道ではありません。BA、BrSE、営業、コンサルタントなど選択肢は様々です。人にはそれぞれ向き不向きがあり、強みを生かせる場所はひとつではないのです。
そう気づいてから、Khôiさんは自分の目指す方向を明確にし、SAP BAとしてITソリューションコンサルティングの分野へと進んでいきます。
そして自分自身が長い間迷ってきたからこそ、後輩たちのためにコミュニティを立ち上げ、情報や学びの機会を共有するようになりました。自分が悩んできた時間と経験が、いつの間にか誰かの道しるべになっているのです。
Khôiさんのお話は、「自分は型にはまっていないのではないか」と不安に思う人に、「“普通”でなくても大丈夫。経験を重ねながら、自分に合う形は少しずつ見えてくるものだ」とそっと伝えてくれます。
誰も最初から完璧ではない
今回の3つの体験談は、それぞれ進み方は違っていても、そこには確かな共通点があります。
それは、誰ひとりとして完璧な状態でキャリアを始めたわけではないということです。
仕事の多さに圧倒された人もいました。
小さな役割からのスタートに、悔しさを感じた人もいました。
自分が学んできたことの先に、どんな道があるのか見えなくなった人もいました。
しかし、そこで立ち止まり続けた人はいませんでした。
少しずつ前に進みながら、ある人は優先順位を学び、ある人は長い目で物事を見ることを覚え、ある人は自分の本当の気持ちに耳を傾けて、新しい道へと踏み出していきました。
それこそが、VOICE OF ASEAN SEMPAIが、4月から働き始める後輩たちに届けたいメッセージです。
今、自分に不安があってもいい。
まだ自信が持てなくてもいい。
「自分は十分ではない」と感じているからといって、それが「進めない理由」になるわけではありません。
また、3人の経験が教えてくれるのは、日本で働くうえで自分を支えてくれるものは、専門知識だけではないということです。
人の話をきちんと聞く力。分かりやすく整理して伝える力。コミュニケーション力。先輩の仕事ぶりをよく見ること。トラブルが起きたときに落ち着いて対応すること。そして、失敗のたびに自分を少しずつ見直していくこと。
こうした力は、履歴書上で特別なスキルとして目立つものではないかもしれません。
しかし、日本で働き、経験を積み、自分を育てていくうえで、とても大切な財産になっていきます。
キャリアはいつも一直線に伸びていくものではありません。
今学んでいることの意味が分かるのは、数年後かもしれません。
遠回りに見えた経験が、実は後に自分を本当に合う仕事へと繋げてくれることもあります。
今は足踏みしているように感じる時間も、静かに何かを積み重ねている最中なのかもしれないということを、どうか忘れないでいてほしいのです。
メッセージ
もし今、新生活を前にして、楽しみな気持ちと同じくらい不安も感じているのであれば、無理に「大丈夫な自分」になろうとしなくてもいいのかもしれません。
大切なのは、学ぼうとする気持ちを持っていること。
人の話に耳を傾けられること。
そして、最初の数か月が思い通りにいかなくても、そこで諦めてしまわないこと。
それだけでも、十分に良いスタートなのだと思います。
日本で働くことは、決して簡単なことばかりではありません。
自分が小さく見えてしまう日もあるでしょう。
周りの成長がまぶしくて、焦る日もあるでしょう。
しかしその一方で、少し前の自分では分からなかったことが分かるようになったり、以前より落ち着いてひとつの出来事に向き合えたり、「自分もしっかりと前に進んでいる」と感じられる日がきっとやってきます。
成長とは、いつもそんな風に、静かで、ゆっくりとしたものなのかもしれません。
この3つの体験談を読み終えた後、4月の新生活を迎える後輩たちの心が、ほんの少しでも軽くなっていたら嬉しいです。
これからの道のりが急に楽になるわけではないかもしれません。
しかし、自分と同じように迷い、戸惑いながらも、歩み続けてきた先輩たちがいる。
そう思えるだけでも、きっと心の支えになるはずです。
2026/3